これの続き。





この歳になって何が悲しくて授業参観なんかやらなきゃいけないんだ。

最早、本日何度目になるか分からない不満を頭の中で漏らしながら、臨也は鞄から教科書とノートを取り出し机の上に並べていく。
高校2年生ともなると流石に、授業参観に心躍らせるような生徒も、わざわざ足を運ぶ親も殆どいないのだが、それでも我が子の勇姿を一目見ようと学校にやって来る親というのも勿論居るものだ。
そんな親の姿に、後ろを振り向いて嬉しそうに手を振る生徒も居れば、気恥ずかしそうに無視を決め込む生徒も居る。
臨也はそのどちらにも当てはまらない。
何故なら、その対象となる親がこの場に来ていないからだ。


「授業参観までには仕事終わらせるから」


臨也の親代わりである静雄は、以前そう言っていた。
小説家である静雄の仕事はかなり不定期で、1日中暇そうにしている時もあれば1日中パソコンに齧り付いている時もある。
締め切りが迫っている今の時期は、勿論ほぼ毎日が後者のほうで、一緒に暮らしている臨也でさえ書斎に引きこもりがちの静雄の姿を見かけるのは、食事などの限られた時間しか無い。
そんなすれ違いの日々が続いたまま、今日を迎えてしまったのだが。
学校に行くために家を出る直前、チラリと覗いてみた書斎で机に突っ伏して死んだように眠る静雄の後ろ姿を確認して、臨也は何も言わずそっとその場を後にした。


(やっぱ無理だよ、こんな忙しい時期にわざわざ授業参観なんてさ)


臨也が引き取られた小学生の頃から、授業参観や運動会といった保護者参加の学校行事に静雄が参加したことは殆ど無い。
静雄の仕事が忙しいのは臨也も勿論理解しているし、実の子でない自分を引き取って育ててもらっている恩もあるためそのことに対して何か不満を言った事は無いのだが、だからと言って寂しさを感じないわけではないのだ。
だが来て欲しいという気持ちはあれど、それを実際口にする気なんてこれっぽっちも無かった。
だから授業参観のプリントも彼に見せることなく、鞄に押し込めて無き物にしようとしていたのに。
プリントを目敏く見つけて、それまでに仕事を終わらせて授業参観に行ってやる、と言ってくれた静雄に対して臨也がどれほどの歓喜を覚えたか。その大きさは計り知れない。

だが、静雄はここに居ない。
恐らく今頃はまだ溜まり溜まった疲れに押し潰され眠り続けているか、締め切りに追われ執筆作業に勤しんでいるかのどちらかだろう。
静雄に対して文句を言うつもりなど、さらさら無い。
ただ、守れない約束なら最初からしないで欲しかったと思うだけだ。


「臨也のお父さん、まだ来てないみたいだね」


後ろの席の新羅があっけらかんとした調子で話しかけてきて、臨也の眉間に皺が寄る。
出来ることならその話題には触れずそっとしておいてほしいというのに。
空気の読めない級友に業を煮やしつつ、臨也はぶっきらぼうに返事を返した。


「来ないよ。仕事忙しそうだったし」
「でも、今回は来てくれるかもって言ってたじゃないか」
「だから、もしもの話だってば。…締切前のこの忙しい時期に来るわけないじゃん」
「ふーん…、でもさ」
「先生来たよ」


まだ何かを言おうとする新羅の台詞を遮り、再び前を向く。
ガラ、と扉が開く音がして担当教師が教室に入ってきたことにより、騒がしかった教室が徐々に静まっていく。
授業参観に来ている保護者達に、本日はお忙しいところ御足労頂きまして、などと有り触れた言葉を2,3かけてから授業が始められた。
少し緊張しているのか所々上ずる教師の声を聞きながら、臨也はつまらなさそうにペンをノートに走らせる。
教科書を1ページ捲ったところで、廊下から何やら慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うとガラリと勢いよく教室の扉が開け放たれた。


「…っ、すいません、遅れました」


いきなり響き渡った騒々しい音にクラス中の視線が開け放たれたドアへと集まり、そこから現れた人物に更に目を奪われた。
高校生ともなるとその保護者もある程度の歳を重ねているのは当然のことで、例え若くても30代後半から40代前半ぐらいが精々だ。この教室に並んで立っている面々も一目でそれぐらいの年齢であることが見て取れる。
だからこそ、今教室に入ってきた男は明らかに異端だった。
どう多目に見積もっても年齢は30そこそこ。派手な金色に染め上げられた髪とシンプルな黒のスーツを身に纏ったその姿は、ホストかもしくはモデルと言われても容易く信じられる容姿だ。

明らかに場違いな男の登場に、教室は一瞬静まりかえり、女子生徒は仄かに頬を染めながらポーッとその姿に見惚れている。
そんな教室の空気と生徒の視線に気付いているのかいないのか、キョロキョロと辺りを見回したその男がある一点で視線を止め、僅かに笑顔を浮かべその生徒に控えめに手を振ったりするものだから今度は教室中の視線が手を振られた生徒―…臨也に集中する。

「ほらやっぱり折原くんのお父さんだよ!」「やだー本当に格好いい!」「だから言ったじゃん!」そういった類の女子生徒の会話が周囲からチラホラと聞こえてくる。
教室中の注目を集めてしまった静雄と自分に羞恥を覚えると同時に、恥ずかしいような嬉しいような何とも形容しがたいこそばゆい感覚が胸をくすぐる。
羞恥と歓喜とどちらの感情が勝るのか臨也自身も判断を付けられなかったが、どうしても緩んでしまう頬を引き締めることはとうとう授業が終わるその瞬間まで出来なかった。






「すっごくお若いですよねー!」
「おいくつなんですかあ?」
「お仕事って何されてるんですか?」
「あっ、もしかしてモデルとか!」


授業が終わり、臨也が帰り支度を始める頃には静雄はすでにクラスの女子に囲まれ質問攻めに遭っているところだった。
矢継ぎ早に繰り出される質問の数々に、困惑気味にしている静雄だがその表情に少し嬉しさが混じっているのは恐らく気の所為じゃないだろう。
普段は仕事のせいもありほぼ自宅に引きこもりがちの彼が、女子高生に囲まれてチヤホヤされているこの現状を少しでも美味しいと思わないはずがない。
頭では理解してはいるが、臨也とてまだ子供なのだ。全てを理解して受け入れられるほど大きな器を持っているわけでは勿論無い。

どうにもイライラする気持ちが抑えられず、適当に鞄に教科書を詰めて帰り支度を済ませると、さっさと教室を後にした。
教室を出て行く臨也に気付き、静雄が何か声を掛けてきた気がするが、気づかないフリをして歩を進ませた。
外靴に履き替え、校門をくぐろうとした所で、背後から肩をぐっと掴まれ思わず後ろを振り返る。
女子を振り切って全力で走って追いかけてきたんだろう、しんどそうに肩で息をしている静雄が僅かにかいた汗を手の甲で拭いながら口を開いた。


「待てよ臨也。何で先帰るんだよ」
「…いいじゃん、別に。シズちゃんは女子にチヤホヤして貰ってれば?女の子に構ってもらえるなんて滅多にない機会なんだし」
「分かった。妬くな妬くな」
「…っはあ!?意味分かんない、妬いてないし!」


静雄の言葉に憤慨した臨也が、持っていた鞄を振り上げ静雄を殴りつけるが、大したダメージは与えられていないようで当の静雄は緩く笑い声を上げるだけだ。
途端に虚しくなり、大人しくなった臨也の頭を静雄がポンポンと撫でる。


「拗ねるなよ。ちゃんと授業参観来てやっただろ?」
「…別に頼んでないよ、そんなの」


確かに頼んではいない。ただ、明らかに来て欲しそうな態度を取っていただろうことは自覚している。
そして、それに気付いた静雄が自分に気を使ってくれただろうことも分かっている。
だからと言って静雄は「お前が来て欲しそうだったから来てやったんだよ」なんて恩着せがましいことは言わない。


「…そうだな、俺が来たかったから来ただけだ。だから、機嫌直せよ」


再び頭を優しく撫でられ、全てを分かっているような静雄の言葉に目頭が熱くなる。
そんなバレバレの嘘をついて仕事が忙しいにも関わらずこんな所まで来てくれた静雄に対して、感謝の気持ちを伝えるどころか子供っぽい嫉妬心で彼を困らせている自分は、なんて子供なんだろう。
15歳という歳の差は決して小さくはない。
妬いたと言っても、静雄が彼を取り囲んでいた女子のうち誰かを本気で気に入ってしまうかもしれないなんてそんな危惧は勿論抱いていない。
それは静雄から見たら、15歳も年下の彼女たちは等しく子供にしか見えず、間違っても恋愛対象にはならないだろうと分かっているからだ。

…ならば、自分はどうなのだろう。
親代わりである彼に歪んだ恋心を抱いている自分の気持ちは、どうなるのだろう。
静雄から見れば彼女たちも臨也も、何ら変わることはない、ただの子供だ。
彼の1番になりたい。たった1人の特別な存在になりたい。
そう願うことすらおこがましいようなこの気持ちを、彼は受け入れてくれるのだろうか。


「お、懐かしいモン売ってんな」
「え?」
「ほら、お前ガキん時これ好きだっただろ」
「…いつの話してんの」


屋台で売っている鯛焼きを見つけた静雄が1個購入し、それを半分に割り手渡してくる。
確かに子供のころ自分はこれが好きで、屋台を目にする度、彼にせがんで買ってもらっていた気がする。
鯛焼きの皮から覗くあんこからほかほかと立ち上る湯気が目に染みるようで、またツンと胸の奥が痛む。


「…シズちゃん」


もしもこの気持ちを全て伝えてしまえば、静雄はどうするだろう。
臨也が静雄の側に置いてもらえているのは、彼が静雄の姉の子供だったからで。
好きだと、愛しているのだと、そう伝えてしまえば、彼とのこの幸せな時間は終わりを告げてしまうかもしれない。
かと言って臨也が静雄に対して抱いているこの愛おしさは、無かったことに出来るほど生易しいものではない。
なら、いっそのこと。


「…そのスーツ、似合ってる。格好いいよ」
「おう、ありがとな」


なんて、言えるはずがない。
今の幸せを全て壊してまで彼に自分の想いを伝えるなんて、そんなこと出来るはずがなかった。
特別じゃなくてもいい。ただ、もう少しだけ側に居ることを許して欲しい。

言えずに飲み込んだ言葉が喉に絡んで、その重さに胸が押し潰されるような感覚に襲われる。
静雄の大きな手がポンポンと頭を撫でる優しい手つきに、涙が零れそうになった。














NORUNさま、はるこさまから頂いたリクエストで「蜂蜜色のアイロニー」の続編でした。

格好いい=スーツという貧相な私の想像力この野郎!って感じですが、普段引きこもりな静雄さんは、よく考えてみりゃ今時の服とか持ってねえしまあスーツでいいか的なそんな考えが働いたんだと思って頂ければモゴモゴ
もう少しほのぼのギャグチックになっても良かったかなと思うんですが、何だか変にしんみりしてしまって、あれれ。

お待たせしてしまって申し訳ございませんでした!
苦情、返品受け付けますのでどうぞなんなりと><


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