※臨也女体化(でも臨静)
※ぬるいエロ(でも臨静)






自慢じゃないが俺の彼女はかなり可愛かった。
容姿やスタイルはそんじょそこらの女優やモデルにも引けを取らないほどだったし、性格に少々難ありだったが多少のことは慣れてしまえば「愛嬌」という言葉で片付けられる。
高校時代から始まった俺たちの関係は6年間も続き、お互いそれなりにいい歳になったことだし実際口にしたことは無かったがこのままいけば結婚なんてことも有り得るかもしれない、とそう思っていた。
思っていた、と過去形で表わさなければいけないのは、つまり俺達の関係はもう終わってしまったからであって。
特に問題もなく順調に関係を育んでいると思っていたのは俺だけだったのだろうか。
何の前触れもなく、俺は彼女に突然別れを告げられた。
到底、予想も想像も出来なかった衝撃的な台詞によって。


「ごめん、シズちゃん。私生まれてくる性別を間違えたみたいなの。悪いんだけど…別れてくれる?」







嫌なことを思い出してしまった。
3歩前を歩く上司の背中を眺めながら、思わず眉を顰める。
あれから1年も経つというのに、今更彼女のことを思い出してしまったのは、偶然通りすがった女子高生が彼女が愛用していた香水と同じ匂いを纏っていたからで。
1年前に別れた彼女の香水の匂いまで鼻孔に染み付いてしまって忘れられていない自分に何となく嫌気も差してくるが、仕方ない。
だって、6年も一緒に居たんだ。16歳から22歳になるまでの間、ずっとだ。
彼女との想い出だとか彼女の好きな料理だとか匂いだとか笑顔だとか。何もかも忘れ去ってしまうには、1年という月日はあまりに短い。
しかも、その関係に終止符を打った別れの言葉がアレなのだから、あまりに衝撃的すぎて忘れようにも忘れられない。


(性別を間違えたって…いくらなんでも有り得ねえだろ)


物心ついたときからずっと男になりたかったのだ、と彼女は言った。
異性に対して抱いていた感情が恋愛ではなく憧れに近いものだと気付いてしまってから、その思いが膨れ上がってしまったのだと。
俺のことは好きだが彼女としての役割はもう果たせそうにない、だから別れてくれ、と。
6年間も付き合ってきて今更何バカみてえなこと言ってんだ、という思いが湧き上がってきたが俺と付き合っているその間にも彼女はもしかすると、どこぞの女に恋をしていたのかもしれない、無理して俺に付き合っていたのかもしれない、そう思うともう何も言えなかった。
勿論そんな馬鹿みたいな理由は俺と別れたいがためのデマカセだったかもしれないが、そんな突拍子も無い嘘までついて別れたがっている彼女をどうして引き留められるというのか。
結局、俺には了承の返事を吐きだすしか選択肢を与えられていなかったのだ。


「どうした、静雄。具合でも悪いか?」
「…えっ?」


次から次へと滝のように溢れ出す彼女との想い出に、自然と表情が暗くなっていたらしい。
前を歩いていたはずの上司が、俺の顔を心配そうに覗き込んできていた。


「いや、すんません。何でもないッス」
「そうか?ならいいけどよ…」


あんま無理すんなよ?とポンポンと肩を叩いてくる上司に笑顔で返すと、俺は頭の中にべっとりとこびり付いている彼女との想い出を振り払うように緩く首を振った。
そうだ、所詮は全て想い出なのだ。過去に起こった出来事は想い出にしかなり得ない。この先その事実が変わることなど決して無い。
なら、その想い出を出来る限り綺麗なものとして心に保存していくしか俺に出来る事はないのだ。
くよくよしていたって仕方ない。6年という年月の間に起こった全てのこと、そして別れの日に言い放たれたあの台詞、それら全てを素晴らしき想い出に変換してしまうのには相当な年月を要するかもしれないが。


「すいません、俺ちょっと飲みもん買ってきます」


落ち込んでしまった気分を変えようと、丁度横手に見えてきたコンビニへと足を進めた。
中に入り、飲み物が並んでいる棚から、入口で煙草を1本吹かしながら待っている上司の分も含め缶コーヒーを2本手に取るとレジへと向かった。
カウンターにコン、と缶を置いてから尻ポケットに入れていた財布を取り出し小銭を確認する。


「…シズちゃん?」


いつまでたっても会計を告げられず、たった缶コーヒー2本のレジ打ちにどんだけ手間取ってんだよと訝しみながら顔を上げたのと、店員から名を呼ばれたのはほぼ同時だった。
懐かしいその呼び名に息が詰まるような感覚に襲われた。俺のことをこんなふざけた呼称で呼ぶのは生涯1人しか居ない。
まさか、と思い早鐘を打つ心臓の鼓動に押し潰されそうになりながら、眼前の店員の顔を確認する。

違った。全く知らない奴だった。しかも男だった。
無駄に整った容姿はこんな何の変哲もないコンビニでバイトさせておくには勿体ないほどで、一度でも会った事があるならばそうそう簡単に忘れ去りそうもないのだが、そんな覚えも無い。
じゃあ、何故コイツは俺の名前を知っていて、しかも1年前に別れた彼女しか使わなかった呼称で俺を呼ぶというのか。
彼女の兄弟か、もしくは親戚か何かだろうか。だから俺のことも知っているのだろうか。そう思うとどことなく顔つきが似ている気がしなくもない。


「……えっと」
「その顔、全然分かってないみたいだね」


何が何だか分からず首を傾げる俺に、男は少し苦笑しながら肩をすくめた。


「252円になります」
「…え、あ、ああ、はい」


いきなり会計を告げられ、少し慌てながらも財布から小銭を取り出しカウンターに置こうとした俺の腕を、男がグイと引っ張った。
突然の出来事にバランスを崩し前のめりになった身体を支えるため、咄嗟にカウンターに手を付く。
依然、腕を掴んだままの男が、不自然な体勢で固まってしまった俺の耳元に唇を寄せてきた。


「6年間も付き合った彼女のこと忘れるなんて、酷いんじゃない?シズちゃん」


耳元で囁かれたその声音は、1年前に別れを告げられた彼女と全く同じものだった。