津軽が家を出てから結構な時間が経ってしまっていたので、見付けられるかどうか少し不安だったがそんな心配は杞憂に終わった。
歩幅が狭いうえにひたすらマイペースにのんびり歩いている津軽の後ろ姿は、驚くほどアッサリ見付かって少々拍子抜けしたぐらいだ。
あまり外に出たことがない津軽は、なかなか見ることがない池袋の街並が物珍しいようで、絶えずキョロキョロと辺りを見回している。
かけ慣れないサングラスにもどうやら違和感を感じるらしく、無意味にかけたり外したりを繰り返している。何というか、明らかに不審者だ。


「…先が思いやられるな…」


数メートル後ろで溜め息をつく俺に全く気付く様子もない津軽は、ようやくシズちゃんの勤め先である会社の事務所に辿り着いた。


「よお、静雄。おはよーさん」


扉を開けようとしたその瞬間、背後から現れた人物に肩をポンと叩かれ、津軽は弾かれたように振り向いた。
田中トム。シズちゃんの先輩であり上司でもある人物だ。
トムさんと直接面識のない津軽にもどうやらそれは分かっているようだが、何やらポカンとしながらキョロキョロと辺りを見回している。
そして何かを思い出したように、ハッと肩を震わせると、一呼吸遅れて「おはようございます」と挨拶を返した。
トムさんは気付いていないようだったが、俺にはハッキリと聞こえた。
挨拶を返す前に小さく呟かれた「…あ、俺のことか」という言葉を。
代わりに仕事に行くと言い出したのは津軽自身であるにも関わらず、どうやら未だに静雄=自分という方程式が成り立っていないらしい。


「どうした、静雄?何か今日おかしくねえか?」
「え、い、いや、何でもないです、よ」
「そっか?なら、いいけどよ」


明らかに不審な態度をとる後輩に、眉根を寄せながら言葉を投げかけるトムさんの態度は当然と言えば当然だ。


「それにしても、大丈夫か?お前、昨日体調悪そうだったからよ」
「はい…、しんどそうでした」
「ん?」
「あ、いや、大丈夫です、元気です」
「まあ大丈夫ならいいけどよ、別に無理して来なくても良かったんだぞ」
「はい、無理するのはよくないんで家で休ませてます」
「…ん?」
「あ、いや、違う。大丈夫です、元気です」
「…静雄、お前やっぱ今日なんかおかしくねえか?」
「大丈夫です!」


トムさんから投げかけられる疑問に、ことごとく素直にシズちゃんの容体を思い出しながら答えては我に返って慌てて答え直す津軽にいよいよ頭が痛くなってきた。後ろから見守る俺の胃がキリキリと痛む。
馬鹿な子ほど可愛いってよく言うけど、いい加減、今の自分が平和島静雄だという自覚を持って…!
そんな俺の心の叫びも虚しく、津軽はその後もお馬鹿な発言と態度を繰り返し、その度トムさんに突っ込まれては涙目になっていた。


津軽の態度に問題と突っ込み所は多々あったものの、取り立ての仕事自体はあっさりスムーズに終わった。
とは言っても、津軽はただトムさんの後ろにくっ付いているだけだったので仕事とらしい仕事は何もしていないのだが。
シズちゃんがいう「大事な仕事」とやらは、やはり暴力団関係のものだったが例えチンピラだろうとヤクザだろうと、あの平和島静雄に喧嘩を売るなんて馬鹿な真似をしようとする人間は居ないようで口応えも支払い拒否も一切無く、実にスムーズに料金を回収出来たようだ。
この池袋という街において、シズちゃんの影響力ってすごいんだなぁ、と改めて実際は自宅で寝込んでいる恋人のことを思いながら感慨に耽ってみたりする。まあ、影響力といっても決して人に誇れるようなものではないのだけど。


「じゃあな、静雄。今日は帰ってゆっくり休め。無理しねえでぐっすり寝ろ。いいな?」
「は、はい」


仕事も終わり、帰りがけにトムさんはこれでもかというほどに念を押した。
1日中何やら意味の分からない言動が多かった後輩の態度は、全て体調不良が引き起こしたものだと自己完結してくれているようだ。
まあ普通、後輩そっくりのアンドロイドが代わりに仕事に来てるなんて、思わないよなあ…。
トムさんと別れ、自宅に向けてテクテクと歩きはじめる津軽。
何はともあれ、無事に終わって何よりだ。そろそろ俺も先回りして家に帰ろうかな。
そう思い踵を返そうとした、その時。


「見つけたぞ、平和島静雄!今日こそはブッ殺してやるからよぉ」


サッと顔から血の気が引いた。ギギギ、と不愉快な効果音が付きそうなほどぎこちなく首を反らし背後を振り返る。
おいおい、よしてくれよこんな最後の最後で。
どうか聞き間違いであって欲しいという俺の願いも虚しく、そこに居たのは見るからに不良ですよといった風貌の若い男たちに取り囲まれている津軽の姿。
1、2、3…とりあえず10人は確実に居るな。シズちゃんにとってはものの数秒で片付いてしまうほどの人数だが今その人数と相対しているのは池袋最強その人ではなく、ただ外見が似ているだけのアンドロイドだ。勝機なんてある筈もない。


「覚悟は出来てんだろうなあ、平和島静雄ォ」
「こないだ俺らをぶっ飛ばしたこと、忘れたわけじゃねえよなぁ?」


不良たちから浴びせかけられた罵声に、津軽は何が何だか分からないといった様子で小首を傾げる。
それもそのはずだ。だってコイツらをぶっ飛ばした本人は、今自宅で寝込んでいるのだから。
…まあ、仮にここに居たのが本当にシズちゃんだったとしても「忘れた。誰だテメエら」とか何とかバッサリ切り捨てるんだろうけど。
だが、この男達がまさかここに居るのが本物のシズちゃんではない、なんてそんな可能性を思い付くはずがない。
てっきり馬鹿にされたものだと勘違いしたらしい不良たちの顔に、ピキリと血管が浮かぶ。


「てめえエェ、ざけんじゃねーぞっ!」


激昂した不良の1人が拳を固めて津軽に殴りかかる。
ヤバイ!と思い足を踏み出したが、時すでに遅し。バキッと乾いた音が響いたかと思うと、男の拳は見事な軌跡を描いて津軽の左頬に吸い込まれていった。
男のほうも、まさかあの平和島静雄にこんなクリーンヒットを決められるとは思っていなかったようで、自分の拳と自分が殴り飛ばした男とを呆気に取られた表情で交互に見遣っている。
衝撃でアスファルトに尻もちをついた津軽は、殴られた左頬を押さえて微動だにしない。
そのうち身体がプルプルと震え出したかと思うと、みるみるうちにそのコバルトブルーの瞳に涙が溜まっていき、表面張力の限界を越えた雫がボロリとこぼれ出す。


「…っ、う、うわあああぁぁんっ!」


一度溢れてしまうともう止まらないようで、まるで涙腺が決壊したかのように次から次へと溢れ出てくる涙。
泣きじゃくる平和島静雄を呆然と見つめる不良たち。そんな彼らを何事かと遠巻きに眺める通行人たち。何この光景シュール。


「…ふぇっ、何でっ、俺っ…悪いことしてないっ…!静雄に言われた通り、ひっく、ちゃんと仕事したのにっ…!何でぇっ…!」


いや、静雄はお前だろ。
恐らくその場に居た全ての人間がそう脳内ツッコミをしたに違いない。
だがこのシュールな光景を目の当たりにして、実際にそんなツッコミを口に出来るほど神経の図太い人間は残念ながら此処には居ないらしい。
嗚咽をもらしながらぐすぐすと泣きじゃくる池袋最強を目の前にして、呆気に取られて何も言えない不良たちは顔をひきつらせながら数歩後ずさる。完璧にひいているようだ。


「っ…お、覚えてろ平和島静雄!次はこんぐらいじゃすまねえからなっ!」


お決まりの台詞を言い捨てると、不良たちは蜘蛛の子を散らすかのように散り散りに逃げていってしまった。
精々虚勢を張ってはいたが、このありとあらゆる意味で不気味な池袋最強の姿に、すっかり戦意を削がれてしまっただけだろう。
呆然としながら成り行きを眺めていたギャラリー達が徐々にその場を離れていく頃になっても、まだ生まれて始めて殴られた衝撃から立ち直れていない津軽はしゃくり上げながら目元をゴシゴシと擦っている。
俺はひとつ溜め息をついてから、足を踏み出した。
足元に落ちた人影に気付いた津軽が、顔を上げて俺を見つめる。真っ赤に泣き腫らした目に少々胸が痛んだ。


「…っ、いざ、や…?」
「……帰ろう、津軽」


手を繋ぎ合って、すっかり暗くなってしまった夜道を津軽と2人とぼとぼと歩いた。
本来、池袋という街では殺し合いの喧嘩をしていなければいけないはずの俺達が仲良く肩を並べて歩いている様を、通行人が時折驚いたように目を見開いて凝視していたが、そんな不躾な視線も今はどうでも良かった。


「大丈夫、津軽?痛かったね、帰ったら手当しよう」
「…ぅ、いざやっ…、俺、何か悪いことしたか…?だから、殴られたのかっ…?」
「いや、津軽は何も悪くないよ」
「…っ、本当っ…?じゃあ、静雄も怒らない…?」
「本当本当。シズちゃんも津軽のことよく頑張った、って褒めてくれるよ」


ていうか、怒られるとしたら津軽のことを守りきれなかった俺のほうだよなあ。
まあ、明日からの我が身のことを考えたら津軽に対する怒りも若干は芽生えるかもしれないけど。
携帯を開いてダラーズの掲示板を覗いてみると、思った通りそこは先程の平和島静雄号泣事件の話題で持ち切りだった。
御丁寧に、遠巻きに眺めていたギャラリーが撮影したのだろう、津軽の泣き顔の写メまで貼られている。
明日からシズちゃん絶対、周囲から変な目で見られるんだろなあ…。
いや、やっぱりこのことも全部ひっくるめて俺のせいにされるかもだけど。まあ、どっちにしろ俺が一発殴られるだろう事態は明らかだ。

自宅に帰り着いたときの惨劇を想像すると、帰路を辿る足取りも重くなる。
シズちゃんまだ本調子じゃないといいなあ、帰ったら全快してるとか止めてよね…。
精一杯の祈りを居るかも知れない神に捧げながら、俺は深く深く溜め息をついた。



















香さまから頂いたリクエストで、『風邪をひいた静雄の代わりに仕事に行く津軽と臨也』でした。

リクエスト頂いた時から、この可愛すぎる状況に萌えて萌えて仕方なかったんですが、そんな私の昂りが文面に表れてしまったのか何なのか異様な長さになってしまい、もう本当…捧げ文であるにも関わらず申し訳ないです…!
本編中に出演させられませんでしたが、一応サイケたんも一緒に暮らしてる設定です(^^)どうでもいいわ、っていう。

かなりお待たせしてしまって申し訳ありませんでした…!
返品、苦情受付けますのでなんなりとどうぞ><




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