どすん、と派手な音を立てて俺の後ろの席に着いた級友は、朝っぱらからかなり不機嫌そうな顔をしていた。 一応掛けたおはようという挨拶は、やっぱりというか何というかキレイさっぱり無視されたけど、もとから返事は期待していなかったので、俺のハートが傷つくことは無い。 不機嫌な理由をしつこく問い質して朝っぱらから静雄の鉄拳をくらうなんてことは正に愚行としか言いようがないのでそんな馬鹿な真似はしない。 というか、そもそもそこまでコイツが不機嫌な理由になんて興味無いしね。 少し肩をすくめて元通り前を向いて座り直すと、次はもう一人の級友が、ふわあと欠伸をしながら俺の隣りの席に鞄を置いた。 「おはよう臨也。何だか眠そうだね」 「まぁ、ちょっとね……わあ、何どうしたのシズちゃん。朝から機嫌悪そうだねえ、全くもって鬱陶しい」 俺は時々思う。 臨也は実は自殺志願者なんじゃないかと。 人間愛を語り、生を渇望するこの男は、実は心の奥底に自殺願望を秘めているのではないかと。 そうでなければ、何故こんな火に油を注ぐような…もとから不機嫌な静雄を更に不機嫌にさせるような台詞をこうも簡単にサラリと吐き出せてしまうのか理解不能だ。 数秒後に臨也の顔面めがけて飛んでくるであろう机や椅子の二次災害を避けるために、一歩後ろに退いたが、予想していた事態は一向に起きる気配が無い。 恐る恐る後ろの席を振り返ると、額に何本もの青筋を浮かべながら机の上で拳を震わせじっと耐えている静雄がいた。 予想が外れたのは既に逃げの態勢に入っていた臨也も同じようで、目を丸くしながら静雄の顔を覗き込む。 「どうしたの、シズちゃん。何時でも何処でも空気読まずにキレまくることだけが取り柄の君が大人しいなんて、珍しいじゃん」 「臨也、それ取り柄って言わないから」 「どうせ出来ない我慢なんてしないほうが良いと思うなあ。シズちゃん頭悪いんだからさ」 ぶちり。 確かにそんな音が聞こえた。 これは決して、髪を引き抜いた音でも制服のボタンを引きちぎった音でもない。 これは平和島静雄という人間の、蜘蛛の糸に匹敵するほどの耐久性しか持ち合わせていない堪忍袋の緒がブチ切れる音だ。 この音が聞こえたが最後、次に起こるであろう最悪の事態を、悲しいかな俺は嫌というほど知っている。 「……年上は敬えってよく言うからよぉ…今日1日くらいは死ぬほどムカついても我慢してやろうかと思ったが…よく考えりゃテメエみてえなノミ蟲野郎にそんな気ぃ使うほうがおかしいってもんだよなあ…ああ!?」 まるで地を這うように響くその低音を聞きながら、一瞬で膨れ上がった殺気を背後に感じ俺は体を震わせた。 御愁傷様、でもお前の自業自得だから同情はしないよ。 心の中で臨也に静かに合掌しながら、先程の静雄の台詞の中に何やら気になる単語があったことに気付く。 「ん?年上って?」 「ああ、俺今日誕生日だから」 びゅん、と風を切る音が聞こえたかと思うと超光速で俺の目の前を通り過ぎていった静雄の鉄拳を、少し首を傾けることで避けた臨也が口元を歪ませながら答えた。 「なんならお兄ちゃんって呼んでくれてもいいよ」 「いや、呼ばないけど」 よけてんじゃねえええと叫びながら繰り出された静雄の拳を再び避けながら、臨也はぴょんと席から飛び降りた。 目的人物を見失った鉄拳は、先程まで臨也が座っていた椅子を粉々に粉砕する。 ばきゃあん、という言葉では形容しがたい破壊音と共に飛び散る木片。 顔に降りかかりそうになるそれを鞄でガードし、次に顔を上げた頃には臨也と静雄の姿はもうそこには無かった。 待ちやがれこのノミ蟲がああという静雄の怒声が、廊下に響き渡りどんどん遠くなっていく。 いくら生まれた日が早かろうが、同級生なんだから年上とかそんなの関係ないんじゃ…という突っ込みは最早不要だろう。 朝のHRまでには戻ってくるんだろうか、と少し心配しながら静かに溜息をついた。 「っていうか、俺は静雄が臨也の誕生日を知ってる上にちゃんと覚えてたことに驚きだよ…」 |
臨也さんの誕生日はGW真っ只中なので普通に学校休みですよね、という突っ込みはダメ絶対! あと新羅のほうが臨也より誕生日が早いという公式情報が発表されてない時期に書いたヤツなので、お兄ちゃんって呼んでくれても〜のくだりはサラッと流して下さい… |