※これの続きっぽい。 1月1日。 時刻は丁度深夜0時を少し回った頃。 つい数分前までは大晦日だったはずだが、日付が変わった今はいわゆる正月という1年で1番めでたいと言われる日のはずだ。 特に目的も無く付けっぱなしにしていたテレビからは、若い女子アナが「明けましておめでとう御座います!」と溢れんばかりの笑顔で年始の挨拶を口にしている。 正直、めでたくも何ともない。ただ1年が終わってまた同じような1年が始まるだけだというのに、何をそんなにめでたがらないといけないのか。 なんて、らしくなく理屈っぽい皮肉を言ってみる。これというのも、世間一般でめでたいと言われるこの正月に特にすることもなく1人寂しく自宅でミカンとか食ってる自分が情けなく思えてくるからだ。 つまりは、全て一切合切何から何まで、俺をこんな状態にさせたアイツが悪い。 気が遠くなるほど何年間もいがみ合ってきた仇敵、ひいてはつい数日前から何故か恋人となった奴の顔を思い浮かべて、俺はイライラする気持ちを抑えようともせずに手の中にあったミカンを握り締める。 潰れた果肉から零れた汁が手の平を濡らして、また溜め息が漏れた。 『大晦日一緒に過ごしたかったんだけど…、ゴメン仕事入っちゃった』 臨也からそんな内容のメールが届いたのはつい昨日のことだった。 別に大晦日に一緒に居ようとかそんな約束をしたわけじゃない。ただ臨也とそういう関係になってからというもの、ほぼ毎日一緒に過ごすことが多かったから、多分大晦日も…と俺が勝手に思っていただけだ。そうだ、勝手な思い込みだ。約束すっぽかされたらならともかくその約束すらしてなかったんだから別にアイツが悪いってわけでも無えじゃねえか。 でも、いくら情報屋という年中無休のような職に就いているとしてもだ。よりにもよって大晦日ぐらい仕事を入れずに休んだっていいじゃないか。 いくら頭で納得しようとしたって、心の隅に押しやった「寂しい」という感情がどうにも膨らんでしまって、そんな自分にまた嫌気が差した。 「…めんどくせえ、寝るか」 無駄に起きているから余計なところにまで思考が及んでしまうんだ。 正月がなんだ、元旦がなんだ。新年明けましたね、そりゃ良かった俺は寝る。 誰に言うでもなく1人で小さく呟くと、テレビを消し早々とベッドへ潜り込んだ。 そして瞼を閉じた瞬間、玄関の扉が小さく叩かれる音が聞こえた。 こんな夜中に訪ねてくるなんて、一体誰だ非常識な奴め。無視を決め込んでいると、再度扉が叩かれる。 諦める様子の無い玄関の向こう側の人物にイラつきながら、仕方なくベッドから抜け出す。 くそ、これで何かの勧誘とかだったら一発ぶん殴ってやる。誰も彼もが正月気分で浮かれてると思うなよ、こちとら不機嫌マイナス値をぶっちぎってんだからな。 不快感を隠そうともせずに荒々しく扉を開き、文句のひとつでも言ってやろうと口を開いたが、眼前に立っていた人物を目に留めたところで結局その文句は俺の口をついて出ることは無かった。 「え、ちょっとシズちゃん何その格好。もしかしてもう寝てたの?」 ちょっとちょっと、今日お正月だよー?と苦笑している男は間違いなく今頃は新宿の事務所で仕事をしているはずの情報屋さまだ。 「お前、仕事だったんじゃ…」 「それは昨日の話。大晦日はともかく流石に正月まで働くほど仕事熱心じゃないよ、俺は」 肩をすくめて言い放った臨也が、呆然としている俺を見てニヤリと口を歪めた。 「大晦日は無理だったから、せめて正月くらいは恋人と過ごしたいと思ってここまで来たんだけど?」 恋人。 臨也の口から改めて紡がれた自分達の関係を表す言葉が妙に気恥かしくて、思わず顔に熱が集まる。 真っ赤になってしまったんだろう俺の顔を見てケラケラと笑った臨也が手を伸ばしてきて、髪を撫でられたかと思うとそのまま口づけられた。 唇が触れ合うだけの軽いキスだったが、正直まだこういったことに慣れていない俺は、また頬が熱くなる感覚にギュッと瞼を閉じた。 「さ、そうと決まれば早くそのスウェット着替えてきて。あ、いつものバーテン服は止めてね。目立つしそれに外けっこう寒いから」 唇が離されたあと赤くなっている俺を見て満足そうに微笑んだ臨也が、早口で捲し立ててくる。 その言葉の意味がイマイチ理解出来ずにきょとんとしていると、臨也が肩をすくめた。 「折角だから行こうよ、初詣」 さすがに元旦の神社の参拝客は半端ない数だ。 今まで初詣なんてあまり来たことが無かったから侮っていた。いくら正月と言えどこんな深夜にこれほどの人が集まるものなのかと思ってしまうほどの大行列が出来ている。 人波に飲まれ、気を抜くと俺の目線より少し低い位置にある臨也の頭を見失ってしまいそうになる。こんなことを言うと俺より背が低いことを意外に気にしている当の本人が怒りだすかもしれないので、心中に留めておくことにするが。 急なことで慌てて着替えたので、カットソーとジーンズにコートを羽織っただけのコーディネイトもクソも無いような格好で着てしまったが、いつものバーテン服とサングラス姿じゃない俺を、平和島静雄だと気付いている奴は殆ど居ないようだった。 外見がもたらす影響ってのは凄いものなんだな、と改めて感心すると共に、それでもやはり周囲の数人は俺たちに気が付いているようでチラチラと注がれる好奇の視線が何とも心地悪い。 そりゃ数日前から始まった俺たちの関係を知っている奴なんて居るはずがないし、顔を合わせりゃ殺し合いが始まるほど犬猿の仲である俺たちが仲良く初詣になんて来てた日にゃ、天変地異の前触れか何かかと思うよな。 しかし臨也はそんな周囲の視線なんて気にも留めていないようで、人垣で見えないのをいいことに手を握ってきたりするものだからまた顔が熱くなってきてしまう。そんな俺を見てまた臨也が嬉しそうに笑う。 くそ、と悪態をついてみたところで握られた手を振り払うことも出来ないのだから、本当に始末に負えない。 「シズちゃん、何お願いした?」 やっと自分たちの番が回ってきて一年の祈願を済ませたところで、臨也が問いかけてくる。 「…こういうのは人に話すと叶わねえってよく言うだろ」 「えー、俺そんなの気にしないけどなあ。シズちゃんって以外に古風っていうか真面目だよね」 「じゃあ、お前は何お祈りしたんだよ」 「んー、まあ普通だよ。今年も一年健康に過ごせますように、って」 「………ふーん」 なるべく平静を装ったつもりだったのだが、喉から零れ出た相槌は存外冷たい響きを孕んでいて、しまったと思った。 だが特に気にした様子も見せずにそっぽを向いている臨也の態度に、安心した気持ちと少し不満に思う気持ちとが同時に押し寄せてきて、胸のあたりがいっぱいになってしまった。 「どうする、シズちゃん。おみくじとか引いて帰る?」 「…いや、いい。寒いし、もう帰ろうぜ」 臨也が指差した辺りは、またかなりの人でごった返していて、これからあの中に突っ込んでいく元気は残っていなかった。 じゃあ帰ろうか、と前を歩きだした臨也の背中を眺めながら数歩後ろを付いていく。 境内から出てしまえばあの人混みがまるで嘘のように閑散としていて、静かな夜道を俺たちは微妙な距離感を保ちながら歩いていた。 沈黙が何となく気まずくて、冷たい空気が肌を刺す感覚に身を震わせる。だが胸にぐるぐると渦巻くこの感情を抱えたまま何を話せばいいのかもよく分からなかった。 ふいに、前を歩いていた臨也が立ち止まる。そのまま此方を振り向いた臨也と目が合って、俺も足を止めた。 「…ゴメン、シズちゃん。俺、嘘ついた。やっぱ言うよ、本当のこと」 「は…?何がだよ」 突然の謝罪に、全く身に覚えが無い俺は少し首を傾げる。 臨也がまた一歩距離を詰めた。 「誰かに言ったら叶わないっていう話、信じてるわけじゃないけど、やっぱ叶わなかったら嫌だしそんな迷信にも縋りたかったっていうか…、でもよく考えたらこんなの神頼みで何とかしてもらうようなことじゃないんだよね」 コイツにしては珍しく要領を得ない回りくどい話し方で、結局のところ何が言いたいのかまるで分からない。 だから何だよ、と先を促すと今まで俺の足元辺りに落とされていた臨也の視線が上昇し、紅い瞳と目が合った。 「俺、本当は『今年もシズちゃんと一緒に居れますように』ってお願いしたんだよ」 「……え」 「本当は言わないつもりだったけど…、ほら、嘘ついて適当なこと言ったらシズちゃん拗ねちゃったしさ」 「なっ…、べ、別に拗ねてねえよ!」 「うっそだー、明らかにがっかりしてたじゃん」 ケラケラと笑う臨也をこれほど憎たらしいと思ったことはない。 くそ、気にしていないのだと思っていたのにしっかり気付かれていたなんて。 でも本当の願い事の内容が分かっても尚、その言い方が妙に心に引っ掛かってしまって、俺の胸の内はスッキリしなかった。 「…お前は、今年だけ俺と一緒に居れればいいのかよ」 「え?」 「俺は…、俺は『これからもずっと臨也と一緒に居れますように』ってお願いしたぞ」 事実を言ったまでなのだが、実際言葉にしてみるとどうにも気恥かしかった。 もしかすると自分は今かなり恥ずかしいことを口にしてしまったんじゃなかろうか。 そう思うと段々居た堪れなくなってきてしまい、またも羞恥に染まり始めた頬を誤魔化すようにマフラーを巻き直す。 くそ、恥ずかしいだろうが。黙ってねえで何とか言えよ、と臨也のほうを見遣ると何故か臨也の顔も真っ赤に染まっていて、その顔を隠すように掌で口元を押さえている。 いや、何でお前が照れてんだよ。恥ずかしいのは俺のほうだ。 「…まいったなあ」 「な、何がだよ」 「シズちゃんってそんな可愛いこと言うような人だったっけ?…本当困る」 家までまだまだあるのに、ちょっと勃ちそうになっちゃった。とか何とかムードも何も無い下世話なことを言い出す臨也を軽く殴り倒しながら、来年もまたコイツとこうして初詣に来れればいい、なんて。ガラにもなくそんなことを願った。 |