12月25日。
世間一般ではクリスマスと言われる日らしい。
キラキラと輝くイルミネーションに、寄り添い歩くカップル達。
歩き慣れた街並みもどことなくいつもとは違う雰囲気を見せている。
そんな中、ただせっせと足を動かすという機械的な作業に意識を集中させながら家路を急ぐ俺は、この浮かれた街の中では明らかに異端だ。
どいつもこいつも幸せそうな顔をしやがって。
以前どこかで見かけた「リア充爆発しろ」というフレーズが脳裏を掠めて思わず苦笑する。
信号待ちをしていると、サンタのコスプレをしたお姉さんから溢れんばかりの笑顔で何かを手渡され、一体何なのかと視線を落とすと風俗店のポケットティッシュだった。
全く、お盛んなこって。


『今日はクリスマスだからな』


数十分前に事務所で言われたトムさんの台詞が蘇る。
だから、今日くらいは面倒な仕事は早めに切り上げてさっさと家に帰ろうぜ。
力強くニカッと笑ってそう言い放ったトムさんに、俺ははぁ、と曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
早く帰ったところでクリスマスを共に過ごす相手なんて俺には居やしないのに。
いつもより少し上機嫌で、ラストクリスマスを鼻唄で口ずさんでいたトムさんには家で彼の帰りを待つ恋人でも居るのだろうか。
そう思うと何処となく寂しくて、胸の奥がチリッと痛んだ。



ふいに、ポケットに入れていた携帯が震える。
その振動に少し驚き肩を震わせてから、取り出してみると画面には『新着メール1件』という表示が光っていた。
こんな日に一体誰が俺にメールなんかしてくんだ、と訝しみながら開いてみると何てことはない。ダラーズからのメールだった。
そこには恐らくダラーズのサイトに書き込まれたのであろう、思い思いのクリスマスの過ごし方が時には自慢げに時には自嘲気味に書き綴られていた。
少し慣れてはきたものの、掲示板に書き込まれた内容が勝手に転送されてくるこのシステムはどうにかならないものだろうか。
いつだったかそんなことを零してみると、アイツは「そう設定すれば届かないようにすることも出来るよ」と言っていたが。
ただそんな設定の仕方なんて俺には分からないし、アイツに頼みごとをするのも借りを作るのも何となく癪だったので、結局何もしないまま今日に至っている。

ボタンを操作して、届いたばかりのメールを迷わず削除した。
知り合いならともかく流石に見ず知らずの他人のクリスマスのご予定なんぞにはミジンコほどの興味も無い。
不必要なメールを抹消し、画面を閉じようとした瞬間、つい数日前に届いたアイツからのメールが目についてしまった。


『クリスマス一緒に過ごそうよ』


何の前触れもなく届いたその誘いをにべもなく断ることすら何となく億劫で、確か俺は『予定が合えばな』とか何とか適当な返事を返したのだ。
そうしたらすぐさま返ってきたアイツからの返信は『予定は偶然会うものじゃなくて合わせるものだよ(笑)』。
何だよ(笑)って。笑ってんじゃねえよ別に面白くねえよ。
何となくイラッときてそれ以降返事は返さなかった。アイツも返事を催促してくるようなことはなく、結局そのままクリスマス当日を迎えてしまった。


アイツ…折原臨也が、やたらと俺に変な構い方をしてくるようになったのはいつ頃からだったろう。
高校の頃の俺たちは、確かに大嫌いな奴ランキング1にお互いがランクインするほど仲が悪かった。それは間違いない。
卒業してからも何だかんだで悪縁が切れることは無かったが、高校の頃に築いた関係が変わることは無かった。
だというのに、何故だろう。
いつだったか「今まで酷いことしてきてゴメンねシズちゃん。俺アプローチの仕方間違ってたみたい、あはは。これからは自分に素直に生きることにするよ」なんてよく分からないことを言ってきやがったと思ったら、それ以降アイツはまるで人が変わったみたいに何かにつけて俺に構ってくるようになり、あまつさえ好きだの愛してるだの、1ミクロンほども信憑性のない世迷言をほざいてきやがるようになった。
今回のように食事や遊びに誘われることも珍しくない。
その誘いに俺が乗ったことはまず殆どと言っていいほど無いのだが。






ピンク色の雰囲気に彩られた居心地の悪い繁華街を抜け、ようやくアパートに帰り着くと、取り出した鍵を鍵穴に差し込み扉を開く。
部屋は今朝出かけていった時と何ひとつ変わらず、俺を出迎えてくれるものは人が居ない空間が作り出した冷たく纏わりつく空気だけだ。
一人暮らしなのだから当たり前なのだが、何ともいえない物寂しさが胸中を支配する感覚に思わず目頭が熱くなった。
こんな時期だからセンチメンタルにでもなっているのだろうか。…らしくもない。

もやもやと渦巻く感情の意味を考えるのも億劫で、さっさと飯食って風呂入って寝ちまおう、と戸棚の中のカップラーメンを漁っているところで、控えめに玄関の扉が叩かれた。
この安アパートにインターホンだなんてご丁寧なものは取り付けられていない。
狭い室内にコンコンという音が反響する。一体誰だ、こんな日のこんな時間に。
少し訝しみながら扉を開けると、そこには見慣れた制服を着た見慣れない顔をした1人の男。


「すみません、平和島静雄さんにお届けものです」


ああ、そうか宅配便か。
突然の来訪者にボケた頭がそう判断を下したのは、男が告げた「ハンコお願いします」という台詞の後だった。
はあ、と間抜けな声を出しながらあからさまに盛り下がっていく気分に、さすがに気付かないフリは出来なかった。
一瞬、アイツが来たのかと思ってしまった自分を殴り殺してやりたい。
一体何を期待してるっていうんだ、俺は。アイツが俺の家なんかに来るはずがないし、そもそもメールの返事を返していないのは俺のほうだというのに。


届いた荷物は、幽からだった。
開封してみると、クリスマスカードとバカ高そうなブランド物の財布が入っていた。
弟は何かと律儀な奴で、誕生日だとかクリスマスだとかのイベント事には必ずといっていいほどこうして何かしらのプレゼントを送ってくる。
しかもそれが決まって値の張るものばかりなので、俺も何度か「気を使わなくていい」と言ってみたこともあるのだが、その度「俺が兄さんにプレゼントをあげるのが好きなだけだから気にしないで」と逆に牽制されてしまう始末だ。
さすがにそう言われてしまうと、俺も無理に止めろとは言えなくなるので、こうして好意に甘えているわけだが。

一言礼だけでも言っておこうと、幽に電話をかけてみると長いコール音のあと機械的なアナウンスへと切り替わってしまった。
…さすがにこんな日じゃアイツも忙しいよな。
仕事か、もしかするとアイツも自分の大切な人と共に過ごしていたりするのかもしれない。
『プレゼント届いた、ありがとう』と簡単にメールだけ入れておくと、携帯を放り出しベランダへと出てみた。





吐き出す吐息が白い。
そうか、もう冬なんだな、なんてあまりにも今更なことを考えながら、ポケットから煙草を取り出す。
かじかんだ指では100円ライターの火打石が上手く回せず、なかなか火がつかない。
少し苛立ちながら根気よく続けていると、10回目でようやく橙色の火が灯った。
肺いっぱいに煙を吸い込み深々と吐き出すと、いくらか気持ちが落ち着いた気がしたが、胸にポカリと空いた空虚感はやはり埋まらなかった。
冬の冷たい空気がグサリグサリと肌に突き刺さるようで、何だかどうしようもなく泣きたくなった。


「そんな格好じゃ、風邪ひいちゃうよ」


背後で声がしたかと思うと、冷えきった身体がふわりと何かに包まれた。
この見慣れたファーコートと嗅ぎ慣れた匂いは、まさか。
思わず振り向くと、予想通りの、しかしここに居るはずのない人物がニコニコと微笑みながら立っていた。


「…おまえ、何で居るんだよ」
「シズちゃんが寂しがってると思って、来てあげたんじゃん。ほんと素直じゃないよね、会いたいなら会いたいって言ってくれればいいのに」
「…誰も言ってねえだろ、んなこと。勝手な解釈すんじゃねえよ。あと、不法侵入すんな」
「ええ?俺のために鍵開けといてくれたんじゃなかったの?」


臨也が大げさに肩をすくめて眉を跳ねさせる。
そういえば、先程の宅配便が来たあと鍵を閉め忘れていた気がする…が、それは偶然そうなっただけで、コイツが来ることを期待して無意識のうちにそうしてしまっていたなんてことは万が一にも有り得るはずがない。
すぐさま否定の言葉を返そうとしたのに、一瞬考えを巡らせてしまったせいで変な間が空いてしまった。
しまった、これじゃ今更何を言っても言い訳のように聞こえてしまう。
かと言ってこのままだんまりを決め込んでいたら、認めることになってしまいそうで、とりあえず、ふざけんなと口を開こうとしたところでクスリと笑んだ臨也に抱き寄せられてしまった。


「メール返ってこないから、何か予定があるのかと思ってたんだけど…何となく嫌な予感がしたから来てみたらやっぱり1人でこんなとこに居るし。しかも泣いてるしさ」
「…泣いてねえよ」
「こんなことならレストランの予約キャンセルしなきゃ良かったな」


ベタに夜景の綺麗なレストラン予約してたんだよ?
と耳元でクスクスと笑う臨也の吐息がくすぐったい。
胸に充満していた冷たい空気が段々と暖かなものに変わっていくのが自分でも分かる。
それを認めたくなくて、離せノミ蟲くせえんだよ、と悪態をついてみるも臨也はまるで気にした素振りすら見せずますます抱きしめる腕の力を強くしてくる始末だ。

何だよ。何で俺なんかにそこまで執着するんだよ。
お前ならもっと他に良い奴が沢山居るはずだろ、クリスマスを一緒に過ごしてくれる相手なんて他にいくらでも居るだろ。
なのに、何で。
突き放しても突き放しても、お前は俺の元へと戻ってきてくれるんだ。


「寒いから中入ろうよ、シズちゃん。ケーキ買ってきたから一緒に食べよ?」


つい、ほだされてしまいそうになる。
もちろん、ケーキに釣られているわけじゃない。
臨也が、いつもの嫌味ったらしいニヤニヤ笑いではなくて本当に嬉しそうに笑うものだから。
シズちゃんは俺に何かクリスマスプレゼントくれないの?
とニコニコ笑いながら問いかける臨也がどうしようもなく愛しく思えてしまったものだから。


仕方ない、認めてやるよ。俺の心に空いたこの穴を埋められるのはお前だけなんだってな。


ダラリと力無く垂らしていた腕を持ち上げて目の前の体を抱きしめ返すと、驚いて2,3歩後ずさり転げそうになった臨也の顔がみるみるうちに赤くなっていったので、馬鹿じゃねえの、と笑ってやった。













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