「理由とか言い訳なんて聞いてないんだよ。今返せないのは分かったから、なら何時だったら返せるのかって話をしてんだって」


相手にナメられないギリギリの範囲でなるべく優しく話しかけるが、目の前の男はただひたすらすいませんすいませんと繰り返すばかりだ。
人気の無い路地裏で、みっともなく地面に頭を擦り付けながら土下座しているこの男は恐らく俺より一回り以上も年上だろう。
人生の先輩とも言えるべき相手にこんなことを言うのは少し気が引けるが、此方も仕事なので仕方がない。


「だから謝られても困るんだよ。こっちも仕事なんだから、払えませんっていうアンタの言い分をいつまでも聞いてたんじゃやってけないでしょ」


どうすれば払う気になってくれるのか、頭を悩ませながら言葉を選ぶが、ここまで頑なな態度を取っている男に今更何を言おうが同じだろう。
いつもなら静雄が、その煮え切らない態度にブチ切れる頃合いだが、その肝心の後輩は今日は機嫌が良いほうなのか何なのか未だキレる素振りは無く、壁にもたれて興味無さげに煙草をふかしている。

さて、どうしたもんかね。
こういう言葉が通じなさそうな相手の場合、いっそ静雄がキレて一暴れしてくれたほうが助かるのだが、その頼みの綱は今日に限って、名前の通りただひたすら静かに平和的に押し黙っている。
常日頃から暴力は嫌いだと公言しているこいつに、キレてもいないのに無理に暴れろとはとてもじゃないが言えない。
仕方ない、ここは俺が何とかするしかないのか…。


「あのさ、取り立てやってる俺が言うのも何だけどよ…アンタもいい歳してキャバクラの女なんかに金つぎ込むの止めたらどうだ?もっと他に使い道なんていくらでもあんだろ」


優しく諭すように語りかけたその言葉に、ひたすら謝罪の言葉を繰り返していた男が急にガバリと顔を上げた。
その顔は険しく歪められ、目は赤く血走っている。
あれ、ヤベエ。俺なんか地雷踏んだ?


「ルミちゃんを…」

「ルミちゃんを悪く言うなあああぁぁ!」


キャバクラの女なんか、という軽い言葉が自分が入れ込んでいる女を馬鹿にされたと感じたらしい。
逆上して突っ込んでくる男の手には、何処に隠し持っていたのか何時の間にやらバタフライナイフが握られている。

よけなきゃヤベエ。
分かってはいるのだが、軽いパニック状態で上手く体が動かない。
そうこうしているうちに此方に突っ込んでくる男との距離は、あと2、3歩足らず。
ヤベエな俺。
そう思うと同時に、背後から伸びてきた腕によって俺の体はぐん、と後ろに引かれた。

どすり。
鈍い音がした。思わず目を閉じたが、痛みは無い。
ゆっくり瞼を押し上げると、目の前には色鮮やかな金髪があった。


「…しっ、静雄!」


俺は急速に事態を理解した。
男が突っ込んできた瞬間、つまらなさそうに煙草をスパスパ吸っていた静雄が、誰よりも早く動き咄嗟に俺を庇ったのだ。
弟から貰った、と言って大事にしている馴染みのバーテン服の袖が破け、ぱっくりと割れた腕から流れる血がシャツに赤い染みを作る。


「し、しずお、お前…」
「平気ッス」


気が動転して、思わず声が引っ繰りかえる。
大丈夫かとか、悪かったとか、ありがとうとか、言いたいことは沢山あるものの上手く言葉が紡げない。
そんな俺を、ぐいと自分の背後に押しやった静雄は短くそう告げた。


「おい、オッサン」


俺の前に立った静雄は、切れた腕からだらだらと垂れ流しになっている血を気にする素振りすら見せず、ゆったりと口を開いた。


「テメエは、やっちゃいけねえ事を3つもやりやがった」

「ひとつ。金払わねえテメエが全面的に悪いのに、意味分かんねえ理由で逆ギレしやがった」
「ふたつ。幽から…弟から貰った服を破きやがった」
「みっつ。トムさんに手を出そうとしやがった」


言葉を紡ぐ度に静雄の顔に浮かび上がっていく血管を見て、ようやく自分が敵に回してはいけない奴に喧嘩を売ってしまったという最悪の事態に気付いたのか、男は顔いっぱいに絶望の表情を浮かべた。


「つまり、アレだ。お前、死ぬ覚悟は出来てるんだよな?」


その数秒後、男は自販機と共に華麗に空を舞った。









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