臨也は哲学的な話が好きだ。 核心に触れない喩え話や、要領を得ない問いかけや、アイツの話し方はとにかくまどろっこしい。 そして俺は回りくどいことが嫌いだ。 つまり、俺と臨也の会話が噛み合うことなんてきっとこれから先、一生無いのだと思う。 「ねえシズちゃん、人間ってどうして生まれたんだと思う?」 今日も今日とて臨也は殴られることを分かっていながら池袋にやって来て、俺の前に姿を現す。 イライラと煙草を噛みしめる俺の様子に気付いてないわけでは無いだろうに、今日も臨也はそのスタイルを崩さない。 「猿が進化したっていうのが一番現実的かもしれないけど、やっぱりアダムとイブの説のほうが神秘的でいいよね。人間の祖先が猿だって思うより、そのほうが浪漫があっていいじゃない」 何が浪漫だ。知らねえよ。 「…おいノミ蟲。心底どうでもいいが、一応聞いてやる。テメエ一体何の話してんだ」 「え?だからつまり、人はどうして人を好きになるのかなって話だよ」 分かんねえよ。 分かるわけがねえよ。 今の話の流れでどうやってその真意を汲み取れっつーんだよ。 その、どや顔やめろ。 その、何でそんなことも分かんないのかなあみたいな顔やめろ。 「何でシズちゃん、そんなことも分かんないかなあ」 あっ畜生、本当に言われた。 「すぐに答えを欲しがって、シズちゃんたら本当にせっかちさんだね。折角俺が人間と愛の神秘について、時間をかけて語り聞かせてあげようと思ったのに」 「世界一腐った人間のテメエに教わることなんて一個もねえよ」 「あは、それ褒め言葉。でも残念だけどシズちゃん、この広い世界に俺より性根の腐った人間なんて掃いて捨てるほど居るんだよ?」 何が楽しいのかニコニコと笑って話しかけてくる(というより一方的に喋くっている)臨也に本気で嫌気がさして、もう終わりにしようと握りしめていた標識を振りかぶった。 「ところでシズちゃん、どうしてここ最近俺が毎日池袋に来てるか分かる?」 「は?」 攻撃態勢を見せた俺に怯むこともなく、尚も笑顔で問いかけてくる臨也に少し拍子抜けしてコントロールを誤った俺の握る標識は、目的人物の足元5センチ横にズドンとめり込んだ。 「白状しちゃうとね、俺は毎日シズちゃんに会いに来てるんだよ」 「そんなに殴られてえのか。とんだドMだな、お前」 「まぁそれも無いとは言いきれないけど、もっと根本的な理由だよ」 さて問題!俺が君に殺される危険まで侵して毎日せっせと足を運んでいる理由は何でしょーかっ ふざけた調子で俺に人差し指を突き付けて、実に楽しそうな笑顔を浮かべる臨也は心底うざい。 考える素振りすら見せず、俺はめり込んだ標識を両手で引き抜いた。 目の前のうざい生き物の生命を絶ち切るために、再び体の横で凶器を構える。 「ぶっぶー、残念シズちゃん時間切れ!っていうか考えてもいなかったよね、君。とりあえず標識下ろそうよ危ない危ない」 「俺のこの先の人生の中で今テメエに割いてやれる時間はあと30秒くらいだ。というわけでさっさと死ねノミ蟲」 「それは短いなぁー。じゃあ俺も早く正解を言ってあげないとね」 正解とやらに興味は無いし、もとよりコイツの話を聞く気などさらさら無い。 口を開きかけた臨也を無視して今度こそ終わりにするために、俺は標識を振るった。 「実はね、シズちゃん」 うぜえうぜえうぜえさっさと死ね! 「俺、君のことが好きなんだ」 またも臨也に届くことのなかった標識は、奴の足元5センチ前にゴスンとめり込んだ。 あまりに唐突な言葉の意味が理解できなかった俺は、しばらくぼんやりとその場を動く事が出来なかったが、臨也の台詞の意味をじわじわと理解してくると同時に頬に赤みが差してくる。 もう30秒経っちゃったよシズちゃん、ここからはサービスタイムだね と、やけに楽しそうな臨也の声が耳元で聞こえた。 |
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