臨也に引っ張られるままに池袋を駆け抜けて、辿り着いたのは新宿のマンション。
臨也が珍しく焦ったように慌ただしくパネルを操作しオートロックを外すと、開いたドアの中に俺を押し込めた。すぐさま後ろ手でガチャリと扉を施錠する音が静かな室内に響く。
ここに連れて来られる間、臨也は何も言わなかったし俺も何も言わなかった。
未だに頬を伝い続ける涙を、臨也が手を伸ばして拭う。


「ねえ、シズちゃん。何で泣いてるの」
「……知らねえよ」
「死んだと思った俺が生きてて、泣くほど悔しかった?」
「……分かんねえ」


問いかけられたところで、自分でも分からないその理由を答えることなんて出来ない。


「死んだと思ってたお前が、本当は生きてて、此処に居るんだ、って思ったら…何か知んねえけど泣けてきた」


心で感じたままに素直に言葉を紡ぐと、臨也が驚いたように目を丸くした。
シズちゃん自分が何言ってるか分かってるの、真剣な声音でそう問いかけた臨也の意図が分からなくて眉根を寄せると、臨也がふいと目を逸らし、分かってないなら別にそれでもいいけど、と小さく呟いた。

自分は今そんなに変なことを言っただろうか。
ぐるぐると思考を巡らせてみても、色々なことが起こりすぎて涙でぼやけた視界のようにぐちゃぐちゃになってしまった頭では正しい答えを導き出せそうにも無かった。
早々に考えることを諦め、ようやく止まりかけた涙をシャツの袖でぐい、と拭うと突然その腕を臨也に取られた。
何しやがんだ、そう文句を言うよりも早く、距離を詰めた臨也の顔が間近に迫る。
初めて至近距離で見た臨也の紅い瞳に息を詰まらせたのも束の間、次の瞬間に俺を襲ったのは初めて味わう感覚だった。


「…っ、ん、んぅ、…っは」
「…シズちゃん」


俺の唇を塞いだものが、臨也の唇なのだという事実に気付いた頃には既に臨也は俺から離れてしまっていた。
距離は離れたが俺の両腕を掴み、壁に縫い付けられているこの体勢は変わらない。
臨也の細い腕を振り払うことなんて俺にとっては簡単なことの筈だった。だが、そんなことをする気は何故か起こらなかった。
キスをされたことに対する怒りも、湧いてこなかった。


「シズちゃん、今から俺がすること…嫌だったらすぐ逃げて」


耳元で熱っぽく囁かれた台詞に、身体がびくりと震える。
バーテン服に手をかけられ、荒々しくベストを脱がされてリボンタイを取り去られた。
引きちぎるように脱がされたカッターシャツのボタンが取れて、カラカラと小さな音を立てて床を転がっていった。
露わになった首筋に噛みつくようにキスをされて、次の瞬間ぴりっとした痛みに襲われた。
臨也の唇が離れ、思わず痛みを感じた箇所に目をやると、そこには赤く鬱血した痕が残されていた。
これがいわゆるキスマークというやつか。そう認識すると同時に顔がカッと熱くなった。


「な、何しやがんだテメエっ…、やめろ!」
「だから、嫌なら逃げてって言ったでしょ」


胸を撫で回され、その細い指が胸の飾りを掠めた瞬間、喉の奥から引きつったような声が漏れた。
片手で胸を愛撫され、空いた片手でカチャカチャと器用にベルトを外す金属音が聞こえてようやくコイツが何をしようとしているのかを悟った俺の顔からサッと血の気が引いた。


「や、やめっ…臨也!」
「何度も言わせないで、シズちゃん。嫌なら俺を突き飛ばしてでも逃げればいい」


君にはそれが出来るはずだよ。
そう言われてしまうと、何も言い返せなかった。
確かに俺にはその力がある。こんな女みたいに細い奴に言いようにされるほど非力な訳じゃない。
このまま大人しくしていれば臨也に何をされるのかなんて、いくら鈍い俺でも分かってしまうほどに明白だ。
だというのに、何でだ。何でだよ。
逃げ出すことが出来ない。これから自分の身に起きる出来事を考えれば、臨也を殺してでも逃げるべきだ。
なのに、逃げ出すどころか俺は抵抗すら出来なかった。


「っん、あっ…、臨也っ…!」
「…シズちゃん」


何処から持ってきたのか、いつの間にか臨也の手に握られていたローションを性器と後ろの穴に塗りたくられた。
細い指を何度か出し入れされ、その度に本数が増えていく指の質量に息を詰まらせる。
今まで誰にも触れられたことの無いような場所に無遠慮に指を突き立てられ、気持ち悪さしか感じないはずなのに密着した体から感じる臨也の体温に何処か心地よさを覚えてしまい、喉の奥から甲高い声が漏れる。
本当に自分から発せられたものなのかと疑ってしまうほど甘ったるい響きを持ったその声に、泣きたくなった。


「ひっ…、ん、あっ…あぁっ…」
「…ゴメンもう限界。挿れるよ?」
「っふ、んっ…はっ、あっ、あぁっ!」


切羽詰まったような臨也の声が頭上から降ってきたのと同時に、指とは比べ物にならない程の質量が俺の中へと押し込められた。
受け入れた箇所が引き裂かれるような痛みに思わず顔を顰めると、臨也が俺の髪をそっと撫でる。
その手つきが酷く優しくて、止まったはずの涙がまた瞳の奥から込み上げてくる感覚に、堪らず瞼をギュッと閉じた。


「っう、っは、あっ…」
「…シズちゃん」


静かに名前を呼ばれ、そっと瞼を開くと泣きそうな顔をした臨也が居た。
何だよ、何でお前がそんな顔してんだよ、泣きたいのはこっちだってのに。
胸に熱いものが込み上げてきて、とうとう限界を越えた涙が瞳から零れ落ちる。
じわりと滲んだ視界で、臨也が微笑んだ気がした。


「っあ、あ、はっ…んぁっ…」
「シズちゃん、シズちゃん、シズちゃん」


突き上げる度に、何度も何度も臨也が馬鹿みたいに俺の名前を呼ぶ。
俺も名前を呼んでやりたい。ふとそう思ったが、口を開けば絶えず漏れてくるのは意味を成さない言葉ばかりだった。
それが快楽から来る喘ぎなのか、流れる涙からくる嗚咽なのかは自分でも判断が付かないけれど。
熱っぽく俺の名前を呼ぶ臨也の声で、聴覚が支配されていく。
じわじわと胸を満たしていく熱い感覚が何なのか、何となく分かった気がした。こんな強姦まがいのことをされているにも関わらず
何故コイツを殴り倒す気にならないのか、その理由も。

投げ出した腕をゆっくりと持ち上げて、臨也の首に絡めて引き寄せると、ひどく驚いたような顔をされた。
その馬鹿面がおかしくて、思わず笑みが零れた。
ああ、何だ、こんなにも簡単なことだったのか。
最奥を突き上げられ、ひときわ甲高い声を漏らし達した俺から一息遅れて、中に臨也の白濁が吐き出されたのを感じた。






真っ白なシーツに疲弊しきった体を投げ出し、深く深く布団に沈みこむ。
大の字に寝転がったまま動く気も起きなくて、ただぼんやりとシミ一つない天井を見上げていた。
廊下から遠く聞こえてくるパタパタという音が次第に近くなってくる。
ふわふわとした思考回路の中、それが臨也の足音だということに気付くと同時に部屋のドアが開く音が聞こえて、俺は慌てて瞼を閉じた。
固く瞼を閉じたままでいると、ベッドの端に臨也が座った気配がした。ギシリとスプリングが軋む。


「…謝らないからね」
「…別に謝って欲しいとか思ってねーし」


ぽつりと呟かれた臨也の言葉はどうにも言い訳がましくて。
今更コイツ何言ってんだ、という思いと共に苦笑が込み上げてくる。
目を閉じていても、臨也が何やら戸惑ったようにもぞもぞと身体を動かしているのが気配で分かる。
再び、スプリングが軋んだ。


「…シズちゃんさ、結局俺のことどう思ってんの」


意を決したように口に出されたその台詞は、臨也にしては珍しくあまりにも直球的な問いかけだった。
いつものコイツならもっと遠回しに伝えることも、巧みな誘導尋問で俺から答えを引き出すことだって出来るだろうに。

先程までは自分自身答えを出すことが出来なかったこの想いも、今はハッキリと自覚出来る。
臨也が死んだと聞かされたときに感じた喪失感も、生きていると分かった時に流した涙の意味も、掴まれた腕を振り払うことが出来なかった理由も、逃げてもいいと言われたにも関わらず拒めなかった理由も、何もかも。
コイツといがみ合っていた7年間。俺達は何て遠まわりをしてきてしまったんだろう。


「…絶対、言わねえ」


自分の気持ちは分かっている。分かっているからこそ言えない。言う気も無い。
俺が気持ちを伝えると、どうなる。臨也は、どうする。
いつか終わってしまうことが目に見えている関係を始めるほど、俺は馬鹿じゃない。
例え結ばれることが無くても、例え交わり合うことが無くても、ずっと側に居る事が許されるなら。
特別なんて望まない。今のままで居れるなら、俺はそれでいい。


「ふーん…じゃ、俺も言わない」


座り直したらしい臨也が、スプリングをギシリと鳴らしながらポツリと呟く。
その言葉の響きが妙に寂しさを孕んでいたような気がして、俺は堪らず固く閉じていた瞼を開いてしまった。
此方をじっと見つめていた臨也と視線が交差する。
深く紅い瞳から目を離すことが出来なかった。捉われたように身動きひとつ出来ず、ごくりと飲み込んだ唾がやけに大きな音を立てた。

ああ、駄目だ。
胸の奥に押し込めていた気持ちが、まるで濁流のように溢れ出す。堰き止める為の枷は、いとも簡単に外れてしまった。
言う気なんて無かったのに。決して口にしないと固く心に誓ったばかりなのに。
俺を見つめる臨也の瞳がぐらりと揺れた。何かを口にしようとしたその唇が微かに動き、また閉ざされる。


7年間続いた俺たちの不毛な関係は、きっと今夜のうちに終わりを迎えるだろう。
気持ちを伝えるまでの我慢比べ。先に音を上げるのはどちらだろうか。


















刹那さまから頂いたリクエストで、『臨静の切→甘裏で、両想いなのに殺し合ってきた2人が遂に結ばれる話』でした。

書きたいものを詰め込んだら詰め込みすぎて収拾つかなくなりました。あまりの長さに潔く2分割です…。
いつも、もう既にデキてるかどちらかの片想いかの話しか書いたことが無かったので、なりそめ話を書くのは初めてでした。すごく楽しかったです、素敵なリクエスト有難うございました!

返品、苦情受付けますのでなんなりとどうぞ><



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