「今度の期末テストの総合得点が一番低かった人が、一番高かった人の言うことを何でも聞くこと」


臨也がそんな賭けを持ち出してきたのは、期末テストを1週間後に控えたある日のことだった。
常日頃から臨也に対抗心をメラメラと燃やし続けている静雄も、今回ばかりは乗り気じゃなかったようだが「まさかシズちゃん俺に負けるのが怖いのお?」という臨也の安っぽい挑発にいとも簡単に乗せられ、結局この下らない賭けは実行されることになってしまった。
2人で勝手にやっておいてくれ、と呆れ気味に思っていたのも束の間。
面白がった岸谷に連れられ巻き込まれるような形で、俺もその賭けに乗っかるハメになってしまったのだ。
それが、つい昨日の出来事。そして今。






「新羅おっそい。シェイク買うだけにどんだけ掛かってんのさー」
「すごく混んでたんだよ。大体文句言うなら、自分で買いに言ってよね臨也。はい、静雄のも一緒に買ってきたよ」
「………ああ」


放課後のファーストフード店は学生でごった返しており、かなりの賑わいを見せていた。
だというのに、俺たちが座っている席の周囲は閑散としている。
それも、そのはずだ。顔を合わせて言葉を交わせば1分とかからぬ内に大乱闘になる犬猿の仲の2人が一緒の席に座っているのだから。
静雄と臨也の噂は他校にも広まっているらしい。
俺たちの席の周りには、来神の生徒だけではなく違う制服を着た奴らも近づこうとはしない。


「あ、シズちゃんそこ間違ってるよー。俺が教えてあげよっか?」
「うるせえ、寄るな触るな喋りかけんな」
「あはは、ひっどーい」


言葉とは裏腹に、臨也は傷ついたような表情は一切見せず、語尾に星がつきそうな勢いで軽やかに笑う。
そういえば、テストに向けて勉強会をしよう、と言い出してきたのも臨也だったのだが。
言いだしっぺの本人は勉強なんてする素振りすら見せず、談笑したり静雄をからかったりシェイクを飲んだり静雄をからかったり。
結局、律儀にノートを広げているのは静雄だけだ。
根は真面目な奴なんだけどなあ、本当に。

正直、今回の賭けだってテストが始まる前から結果なんて分かりきっている。
臨也と岸谷はいつも高成績を収めているし、俺もその2人とまではいかないにしても中の上くらいの成績だ。
万年補習常習者の静雄が一方的に負けるであろうことは火を見るより明らかだ。
まあ補習の原因を作っているのは、いつもいつも臨也から売られた喧嘩を律儀に買いまくり終わらない鬼ごっこを続けているため1日の大半の授業をサボるハメになっている静雄自身にあるのかもしれないが。
それでも静雄と一緒にサボっているはずの臨也は、毎回ちゃっかり成績トップ10に入っているのだから、本当に世の中って不公平だ。

チラリと隣を見ると、問題に行き詰まっているのか苛々した様子で、シャーペンの頭をガジガジとかじっている静雄の姿。
小さく溜め息をついてから、頭を抱えている静雄に声をかける。


「どこが分からないんだ、静雄。教えてやるよ」
「え、あ、ああ…サンキュ」
「ちょっとシズちゃん何それ!俺のは断ったくせにドタチンには素直に教えてもらうっていうの!?」
「うるせえ、喋りかけんなっつってんだろ」


途端に不平を唱えた臨也に向かって、静雄が食べかけのポテトを投げつける。
目にも止まらぬ速さで飛んでいったポテトが、めきょり、と本来じゃが芋があげる筈がないだろう不可解な音を立てて壁に突き刺さった。
すげえ、ポテトで壁に穴開ける奴なんて初めて見た。

ちょっと何これすごい、全然抜けないんだけど!と壁に刺さったポテトを引っ張る臨也と、相変わらず凄いなあ静雄は、まだまだ俺達には理解できない未知の力を秘めているよね!と興奮している岸谷には2人で適当にやっていてもらうことにして、静雄のノートを覗き込む。
ここが分からない、と指差された問題は俺でも簡単に解けてしまうほど初歩的な問題で、思わず苦笑が込み上げてしまう。
こんなんじゃ、先が思いやられるな…。
若干16歳にして不出来な息子を持った父親のような気分を味わいながら、俺は説明を始めた。




1時間ほどして、店内の客もまばらになってきた頃。
臨也と岸谷は一応ノートを広げてはいるが結局チラとも勉強をする素振りをみせなかった。余裕だな、お前ら。
頭の使いすぎで明らかに疲れが見てとれる静雄に休憩をすすめると、俺は席を立った。


「ちょっと、トイレ」
「あ、じゃあ俺も一緒に行こーっと」
「ええー、臨也連れションって女子じゃないんだから」
「まあまあ。ヤリチンと噂のドタチンの素晴らしいブツを拝もうかと思ってさ」
「よくそんな適当な嘘つけるな、お前」
「か、門田くん不潔…!」
「お前も信じんな、岸谷」


かなり適当な理由をつけて後を付いてくる臨也に嫌な予感が募る。
…まあ、大体の予想は付いてるんだけどな。
トイレの入口のドアを閉め、店内との空間が遮断された途端、臨也がにこりと笑ってから口を開いた。


「あのさ、ドタチン。シズちゃんに勉強教えるの止めてくんない?」


ほら、きた。どうせ、そんなことだろうと思ったんだ。


「ドタチンだって分かってるでしょ?このまま行けばどう頑張ったって、シズちゃんがビリになるのは間違いない。まあ今更勉強したところでどうにかなるもんでもないとは思うけど…念には念をってことで。余計なことしないで欲しいんだよね」
「静雄が負けんの分かってて、あんな賭けを持ち出したとしたら最低だな、お前も」
「何とでも言ってくれていいよ。目的の為には手段を選ばないからね、俺は」
「…お前、一体静雄に何させるつもりなんだ?」
「ええー?そんなの、ドタチンには恥ずかしくて言えないよー」


両頬を押さえて身をくねらせる臨也はどこぞの恋する乙女のようだが、そのニヤニヤと歪められた表情からは明らかに何か良からぬことを考えていることがありありと分かり、乙女のそれとは酷くかけ離れていた。

臨也が静雄に想いを寄せていることなど、皆とっくに気付いている。
まるで気付いていないのは、当の想われている本人くらいのものだ。
臨也も臨也で、静雄のことが好きだというならいらんちょっかいなんてかけずに、素直に想いを告げればいいものを。
もちろん拒否されるかもしれないが、そうしていれば顔を見ただけですぐさま殴りかかられる現状よりかはよっぽどマシな関係を築けていただろう。
他人の人生を手玉に取り弄ぶ末恐ろしいこの男も、自分の恋愛事情となれば見ているこっちがイライラするほど不器用だ。

ハア、とこれ見よがしに溜め息をつくと臨也の瞳が、すう、と細められた。


「まあ、そういうわけだから」
「…お前の気持ちは分かった」
「ドタチンは物分かりが良くて助かるよ。じゃあ、よろしくね」
「いいや」
「え?」


すぐさま拒否の言葉を吐きだした俺に、目を丸くした臨也の視線が向けられる。


「やっぱどう考えてもこのままじゃフェアじゃねえだろ。静雄が努力すんのは自由だし、お前も静雄に勝ちたいなら精一杯勉強しろよ」


きっぱりとそう告げると、丸くなっていた臨也の瞳が徐々に細められ、途端に不機嫌そうな表情に変わる。
ドタチンはシズちゃんのお父さんか何かなわけ?と不服そうに尖らせた唇から紡がれたその言葉がおかしくて、思わず笑みが零れてしまった。
コイツのこういう素直なところが、静雄の前で少しでも出りゃいいのにな。
そんなことを思いながらくつくつと笑いを押し殺す俺を見て、臨也はひどく不思議そうな顔をしていた。





結局、静雄に言うことを聞かせるという目的のために猛勉強した甲斐も虚しく、臨也は最悪のタイミングの悪さでひいてしまった風邪のせいでテスト全科目欠席でビリ確定。
罰として、一番成績が良かった岸谷から1日中セルティとの惚気話を聞かされた、というのはまた別の話だ。















涼さまから頂いたリクエストで「臨→静+門でほのぼのギャグちっく」でした。

どうせなので新羅も加えて来神4人できゃっきゃさせよう!
と思ったんですが、何かただ臨也とドタチンが喋くってるだけに…あれれ。
ギャグも何が何だかな感じで結局いつも書いてる話の雰囲気と何ら変わらない…あれれ。
ドタチンは面倒見の良いお父さんなので、どちらかと言うと静雄の肩を持ってくれるだろうという希望をギュギュっと込めてみました。

涼ちゃんこんなのでゴメンなさい!返品・苦情受け付けます><



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