押し寄せる眠気を我慢できなくて、衝動のままにふわあと欠伸を1つ。 自然と目尻に浮かんだ涙をブレザーの袖で拭うと、眠気を覚ますために数学の授業で習ったばかりの数式を頭の中で必死に暗唱してみたりするのだが、それは余計に眠気を助長するためのものにしかなり得なかった。 昼休みを終えたあとの授業というものは何故こうも眠いのだろう。 ぼんやりとした頭では、黒板にチョークを滑らせながら講義する教師の声も、何かの呪文にしか聞こえない。 肘をついた腕に乗せた頭がコクリと舟を漕ぎ始めたところで、俺の尻ポケットに入れていた携帯が急にぶるりと震えた。 その振動にまどろみかけていた意識が浮上し、肩が大げさにびくりと揺れた。 畜生、誰だこんなときに。 イライラしながらポケットから携帯を取り出し、周りの目につかないよう机の下で画面を開く。 届いていたメールの差出人と文面を見て、思わず顔が歪んだのが自分でも分かった。 俺の斜め前の席では、臨也がニヤニヤしながら此方を眺めていた。 6限目が終わり、学校中にチャイムの音が鳴り響く。 適当に鞄に教科書を詰めて帰り支度を済ませ、席を立った俺に新羅が声をかけてきた。 「あれ、静雄もう帰るの?」 「ん、ああ。…その、今日はちょっと用事が」 「ふーん。何か臨也もそんなこと言ってさっさと帰っちゃったけど」 「…そうかよ」 会話もそこそこに、じゃあなと手を上げ背中を見せると、新羅はそれ以上何も言ってこなかった。 昇降口で靴を履き替え、校門をくぐりながら携帯で時間を確認する。 まだ、少し早いかもしれない。いや、でも家に帰ってたんじゃ間に合わねえし…。 悶々と考えながら、ゆっくり歩いていけばいいか、という結論に至った俺の足は駅へと向かっていた。 駅前に着くと、すでに到着していたらしい待ち合わせ相手の姿はすぐに見付かった。 つまらなさそうに片手をポケットに突っ込み無意味に携帯を開けたり閉めたりしている学ランの男に足早に近づくと、此方に気付いたらしい臨也がニヤリと口角を吊り上げた。 「シズちゃん、おっそ。5分の遅刻だよ」 「…そんくらいでガタガタ言うな」 少しゆっくり歩きすぎたか。 不貞腐れたような表情でズイと付き出された臨也の携帯の画面には、16:05という文字が浮かび上がっている。 「そもそも、何だよお前あのメール」 授業中に受信した臨也からのメールは、絵文字も何も使われていない用件だけの短い一文。 『学校終わったらデートしよう、4時に駅前集合ね』 別に律儀に従ってやることも無かったというのに、結局指定された待ち合わせ場所にやって来てしまった自分が憎らしい。 そして何より一番腹立たしいのは、そのメールを受信してから明らかにそわそわしてしまっていた自分自身だ。 「えー、いいじゃん。俺シズちゃんとどっか出かけたこととか無いしさ」 「…なら、別にわざわざこんなとこで待ち合わせなんてしなくても、学校から直接行きゃ良かっただろ」 「ちっちっち、分かってないなあシズちゃんは。デートっていうのは、待ち合わせするとこから始まってるんだよ」 「…あっそ」 人差し指を振りながら何事かのたまう臨也に適当に返事を返すと、あっちょっと何その気のない返事は!と不平が上がる。 そんな臨也を無視して歩き始めると、後ろから小走りで追い付いた臨也が俺の前に先回りした。 「何だよ」 「待ってシズちゃん、はい」 「は?」 はい、と差し出されたのは臨也の右手。 それが意味する事はいくら鈍感な俺と言えど1つしか無いのは分かっているのだけど、いや、でも、まさか。 臨也が焦れたように、固まってしまった俺の右手を強引に取った。 ぎゅ、と手を繋がれ、思ったより温かい臨也の手の平に心臓がバクバクと音を立てる。 「はは、シズちゃん顔真っ赤」 「…うるせえ」 からかうように上げられた笑い声にも、小さな声で呟くように悪態をつくことしか出来なかった。 その後、適当に歩きまわったり買い食いしたり買い物をしたりゲーセンに行ったり色々な場所を2人で巡った。 そういえば臨也と付き合ってからこんな風に2人で出かけたことなんて、初めてだ。恋人なんてものは愚かまともな友達すら居なかった俺からしてみれば、デートなんてドラマや漫画の中の産物でしか無い。 空想の世界に存在していたその行為を、今実際に自分がしているのだと思うとどうにも不思議な気分だった。しかもその相手が嫌いで嫌いで仕方なかったあの折原臨也だなんて。 「ちょっと待ってて」 ひとしきり遊び歩いたあと、公園までやってくると俺をベンチに座らせて臨也は小走りでどこかへ行ってしまった。 その背中を見送っていると、自販機の前で臨也が立ち止まる。どうやらジュースを買っているらしい。 …言ってくれりゃ俺も行ったのに。 このデートの間中、臨也はやたらと彼氏ヅラで何故か俺をやたらと女扱いしたがった。 道を歩く時だって必ず俺が歩道側を歩かされた。今だってそうだ。一緒に買いに行きゃいいのに、いちいちこんな所で待たせて自分1人で甲斐甲斐しく俺の分までジュースを買いに行っている。 優しい臨也だなんて気味が悪い以外の何者でも無いのだが、そんな扱いを受けることに慣れていない俺にとっては、その不器用な優しさが何だかとてもこそばゆい。 「はい、お待たせ」 「あ、ああ…サンキュ」 戻ってきた臨也にホットココアの缶を手渡される。 缶を受け取る時に少し指が触れてしまって、そんな些細なことですら何だか照れ臭くて思わず頬に赤みが差す。 そんな俺の様子に気付いたらしい臨也も、何となく気まずそうにそわそわしながら俺の隣りへと腰を下ろした。 意識し始めてしまうと今まで自然と浮かんでいた話題が見付からなくて、落ちる沈黙。 どうしよう、どうすりゃいい。 ちらりと隣りを見遣ると、何処となく落ちつかない様子の臨也がぐいとコーヒーの缶をあおった。 「お、お前さ、ブラックコーヒーとかいつも飲むのか」 とにかく何か喋らないと、と咄嗟に口をついて出た言葉に自分自身で後悔した。なんてどうでもいい話題だ。 でもこんな状況で気の利いた話題なんて到底思いつきそうもない。 「うん、まあ…特別好きってわけでもないけど、たまにね」 「…俺は、あんま好きじゃねえ。苦いのは」 「そんな不味いもんでもないよ、飲んでみる?」 「え、いや、でもそれって」 差し出されたコーヒーの缶を受け取る気になれなかったのは、ブラックを飲みたくなかったからじゃない。 だってそれは臨也がさっきまで飲んでいたコーヒーだ。つまり、それって。 「間接キスだろ…」 ポツリと思わず漏れた呟きに、臨也が驚いたように目を見開いた。 次いで、頭をガシガシと掻きながら「あー…」と呻き声を漏らす。 「シズちゃんってたまに…いや、いつも可愛いけど、たまにすごく可愛いよね」 何だそれどういう意味だ。 抗議の声を漏らそうとすると、ふいに臨也の端正な顔が近づいてきて、言葉と一緒に息を呑み込んだ。 臨也の吐息が鼻にかかって、思わず目を閉じると、唇に柔らかい感触。 キス、されてる。 俺がそう認識したのは口づけられてからたっぷり5秒はたった後だった。 角度を変えて何度も何度も啄ばむように唇を重ねられる。 そのうち口の中にぬるりとした感触が侵入してきて、それが臨也の舌だと分かると俺の心臓はもう壊れてしまうんじゃないかというほどバクバクと高鳴った。 何だこれ、う、嘘だろ…! 臨也の舌に歯列をなぞられ、舌を絡め取られて、くちゅくちゅという水音が響く。 飲み切れなくて唇の端から零れてしまったどちらのものとも分からない唾液を臨也が舐め取った。 「ん、っふ、んっ…ふぁ」 「…っ、ヤバイな」 ふいに唇が離されたかと思うと、臨也がポツリと呟く。 頭の芯がボーっとして、初めて味わう心地よさに酔いしれたまま、臨也の名を呼ぶと此方をチラリと見た臨也がまた気まずそうに視線を逸らす。その頬は僅かに赤く染まっていた。 「これ以上やったら我慢できなくなりそうだから…今日はここまで、ね」 我慢できないって、何が。 思わずそんな疑問が浮かんだが、何故だか若干前屈みでそわそわしている臨也の様子から見て取るに、あまり良いことでは無い気がするから口には出さないでおいた。 「そろそろ日も暮れてきたし、帰ろうか」 家まで送るよ、と差し出された手を今度は迷わず握り返す。 すると先程までのようにただ手を繋ぐだけではなく、指を絡めた、いわゆる恋人繋ぎというものをされてしまい恥ずかしくて思わず手を離しそうになってしまった。 ぎゅ、と握られた俺の手を引いて前を歩く臨也にいつものうざったい饒舌さは無く、やけに大人しい。 コイツもコイツで照れてるんだろうか。 そんなことを考えて少しにやける頬を引き締めながら、俺は先程の臨也との初めてのキスの味を思い出していた。 |
黒宮ちょこさまから頂いたリクエストで「放課後デートする臨静で微裏」でした。 自分でもびっくりするくらいの長さに辟易!捧げ文なのに無意味にやたらと長くてすみません>< そして最大の謝りポイントは全く微裏にならなかったという所でして…!エロがーエロが行方不明だよー キスしかしてないよ、すみません…!折原めこんな時ばっかり紳士ぶりやがって! いや、すいません私のせいです… 折角頂いた素敵なリクエストなのにぶち壊した感が満載で、もう…! 返品・苦情受け付けます>< |