「ほらよ。奢りだ」


ひょいと投げられたそれを咄嗟に右手で受け止めると、その向こうから「感謝して飲めよ」という声と満足そうなダンテの顔が見えた。


(…たかが缶ジュースくらいで、恩着せがましいこと言うなよな)


投げ渡された缶を眺めそんなことを思ったが、常日頃から「金が無い」という台詞が口癖のようになっているこの男の現状を考慮するならば、たとえ缶ジュース1本でも奮発してくれた、と言っても良いのかもしれない。
だが折角舞い込んだ依頼も「気がノらない」という理由だけでほぼ全て蹴っていることを考えれば、金が無いだなんてやはりこの男の自業自得だ。
結局そんな考えに行き着き、さっき俺の中で生まれたダンテへの微かな同情心は結局ぐしゃりと音を立てて地面に崩れた。


「…ん」


眺めていた缶をぐるりと回転させてみて、そこに書いてある文字に気付き、俺は知らず知らずの内に眉を寄せていた。
ラベルに書かれた単語を頭の中でゆっくり読み上げてみて、俺の眉間の皺はますます濃くなった。


(BLACK……ブラックコーヒー?)


どちらかと言えば甘いものは好きじゃない。
だからと言って苦いものが好きというわけでもない。
コーヒーは飲むがブラックで飲んだことは無いし、飲みたいとも思わない。
家でコーヒーを飲むときだって砂糖とミルクは必ず入れていたし、ダンテだってそれは知っているはずだ。
だと言うのに、わざわざこんなものを買って寄越すとは…明らかに嫌がらせだ。
地味で、しかもそれでいてタチが悪い。

一変した俺の様子に気付いたのか、ダンテは少し不思議そうな顔をしたあと自分が持っているもう一つの缶ジュースをひょいと持ち上げた。
そして何かに気付いたような表情をして、俺のほうに視線をやり、困ったように眉尻を下げる。


「すまん、間違えた。坊やのは、こっちだ」


もう一度投げられた缶をまた右手で受け止めて、ラベルに目をやる。
そこに書かれた「ミルクココア」という文字を読み取った瞬間、俺のコメカミがぴくりと動いた。
しかもご丁寧なことに「甘くて美味しい!」なんて謳い文句つきだ。
ひくつくコメカミを押さえながら顔を上げると、ニヤニヤと笑うダンテの顔が見えた。

…からかわれている。間違いなく。


「…おっさん、わざとだろ」
「おいおい、変な言いがかりは止してくれ。生憎だが、俺には坊やと遊んでやれるような時間は無いんでな」


心外だ、とでも言いたげに腕を広げ大袈裟に肩を竦めてみせる男の態度に、俺の苛々は募るばかりだ。
このふざけた男を今すぐ蹴り倒してやりたい。
「今晩の食費すら危ういってのに、そんなことしてる余裕ある訳無いだろう」なんて台詞を溜め息まじりに言ってみせるその仕草すらいちいち芝居がかっていて腹が立つ。


「金が無ぇのはアンタが働かねえからだろうが」
「その働かねえ男に食わせてもらってるのは、何処の坊ちゃんだろうな」
「…上等じゃねえか、ふざけたそのケツ蹴っ飛ばしてやる!」
「やれるもんなら、やってみな坊や!」


赤いコートをひらりと翻し背中を見せたダンテを、弾かれたように追いかける。
その場には投げ捨てられたコーヒーとココアの缶だけが虚しく転がっていた。






▼ネロくんって普段はきっとクールな一匹狼なんでしょうけど、ゲーム本編じゃ常にキレまくってるのであまりクールな印象が無いです。