「やなもん見ちゃった…」


え、なに次の授業古文?うわ興味無い。そんなのサボリだよ、サボリ。先生には適当に言っといて。間違っても折原くんサボリですだなんて馬鹿正直なこと言ったら個人情報ネット上にバラまくからね。
そんなことを言いながら教室を出ていった友人はものの数分で戻ってきて、ぐったりと机に突っ伏し忌々しげにそう呟いた。


「どうしたんだい、臨也。サボるんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど…渡り廊下にシズちゃんが居てさ」
「静雄が?」


そういえば、と教室を見回すともう一人の友人の姿が見当たらない。
もうすぐ予鈴も鳴るというのに教室に居ないなんて、あれで以外と真面目な静雄にしては珍しい。
しかしその静雄とこの明からさまに不機嫌な臨也の態度と何がどう関係あるというのか。
今にも、何か苛々するからお前の個人情報ネット上にバラまいてもいい?とか理不尽なことを言い出しそうなほど顔を歪めた臨也に「静雄がどうかしたの?」と控えめに尋ねてみると、その端正な顔が更にぐしゃりと歪められた。


「渡り廊下に、シズちゃんと違うクラスの女子が居て」
「ふんふん」
「……告白されてた」
「へえ?」


唾でも吐きそうなほど忌々しげに呟かれたその台詞に、ぴくりと眉が撥ねた。
確かに静雄はスタイルは抜群だし顔もそこそこ整っている。
少々という言葉では片付けられないほどの短気っぷりにさえ目を瞑ればモテてもおかしくない容姿だ。
現に静雄と臨也のことを、女子たちが影で美男子コンビなどときゃあきゃあ黄色い歓声を上げながら持てはやしていることも知っている。
それでも実際に告白するなんて猛者がいるとは思わなかったけど。


「で、静雄はなんて?」
「知らないよ。盗み聞きなんて趣味じゃないし」
「よく言うよ」


本当は、答えを聞くのが怖かっただけのくせに。
もし静雄が了承の返事をしたら…、そう考えるとその場に止まることが出来なくてさっさと踵を返してきただけのくせに。
やれやれと肩をすくめる俺を、臨也がギロリと睨みつける。


「なんだよ」
「いや、別に?」


いつもならお得意のマシンガントークでニヤニヤと笑ってかわしそうな俺の態度にも、今の臨也はいちいち噛みついてくる。
こんなにも余裕の無い臨也を見るのは正直新鮮だ。
思わず笑みを零すと、臨也があーだのうーだのと呻きながら頭を抱えた。


「何でシズちゃんなんか好きになるの、意味分かんない。本当死ねばいいのに」
「それ静雄に対して言ってるの?それとも告白してた女子に言ってるの?」


苦々しげに呟かれた台詞に疑問を投げかけると、がしがしと頭を掻きむしった臨也が戸惑いがちに「…どっちも」と呟いた。


「臨也は、もう少し素直になったほうがいいんじゃないの?その女子を見習ってさ」
「…なにそれ。どういう意味だよ」
「静雄のことが好きなら、もっと態度に現してみれば?ってこと」
「………」


好きな子ほど虐めたい気質なのは分かるけど、小学生じゃないんだからさ。
実年齢よりもかなり大人びて見えるのに、こと平和島静雄という男に関してだけは臨也はとことん子供だ。
「好きだ」という台詞を「大嫌い」に置き換えて、かなり間違った角度からのアプローチを続けた結果、臨也は「死ね」という言葉が挨拶がわりになってしまうほど静雄に嫌われてしまっている。

自らの過ちを振り返っているのか、頭を抱えたまま黙り込んでしまった臨也の席の後ろの扉が突如ガラリと音を立てて開かれた。
そこから顔を覗かせたのは話題の人物、平和島静雄。
またすごいタイミングで…と呆ける俺に気がついた静雄が怪訝そうな顔をしながら自分の席―…臨也の隣りの席に着く。


「なんだよ?」
「あ、いや、別に…」


思わず言葉を濁すと、今まで顔を伏せていた臨也が静雄のほうを振り向く。
先程までの苛々した表情は何処へやら、その顔にはいつものニヤニヤとした笑みが貼り付けられていた。


「ねえ、シズちゃん俺見ちゃった」
「あぁ?」
「告白されてたねえ。相手の子けっこう可愛かったんじゃない?」
「な…!」


目を丸くした静雄が、言葉を詰まらせる。
臨也は相変わらずにやけた笑みを浮かべていて、その表情からは真意が少しも汲み取れない。
さっきの俺のアドバイスはちゃんと生きているのだろうか。いつもと変わらない臨也の態度に不安が募る。


「で、どうするの?返事はしたの?」
「…してねえよ」
「考えさせてくれ、って?はは、傑作だね。シズちゃんさあ、あの子が本気で君なんかに告白してきたと思ってるの?」
「………」
「どうせ遊びだよ、あそび。本気で考えるほうが馬鹿みたい、ってね」


臨也の口から紡がれるのは、静雄への罵倒、嘲笑、非難の言葉ばかり。
さっきまではあんなに落ち込んでいたというのに、本人を目の前にするとそのしおらしさが1ミリたりとも出ないなんて何て皮肉で滑稽な話だ。不器用にも程がある。

これは駄目だな、静雄がキレるのも時間の問題。
そう諦めてハァと俺が溜息をつくのと同時に、「だからさぁ」という言葉とともに臨也がガタンと席を立った。


「俺にしときなよ、シズちゃん」
「は…?」


静雄の真正面へと移動した臨也が、机にぺたりと手をつきそう呟く。
その表情は真剣そのもので、静雄ですら呆気にとられて言われた言葉の意味を理解しようと必死で頭を回転させているのが分かる。
そんな静雄にはお構いなしに、ぐ、と体を前かがみにした臨也が静雄の唇に自分のそれを重ねた。
瞬間、ざわついていた教室がシンと静まりかえる。
唇を離したあと、にやりと笑った臨也がぽかんと口を開けている静雄の髪をサラリと撫でた。


「俺のほうがずっと君のことを見てきたんだ。あんな小娘なんかに取られてたまるか」


そう言い残し、驚きで目を見開いている静雄を置いて臨也はさっさと教室を出ていってしまった。
臨也が閉めたドアがピシャリと音を立てたのと同時に、静まりかえっていた教室の至る所から女子の黄色い悲鳴が上がり始める。

呆気に取られてぽかんとしていた静雄の頬にだんだんと赤みが増していき、その唇が噛み締められ奥歯がギリギリと鳴らされる。
血が出るんじゃないかというほど拳を握りしめて憎らしくて堪らないといった表情をしている静雄には、きっと先程の臨也の行動の真意なんて少しも伝わっていないだろうし、恐らくただの嫌がらせとしか捉えてもらえていないだろう。
あれが静雄への健気な片想いを募らせた臨也がやっと素直になった結果の行動だったことを知るのは、きっと俺1人。
まあ、これは2人の問題だから、ご丁寧に伝えてやるつもりなんてさらさら無いんだけどね。
その後の事態がどう転ぶかは、臨也の腕の見せどころってやつだ。
















かなこさまから頂いたリクエストで「来神で臨→(←)静+新羅」でした。

閉められた扉のすぐ向こう側には、慣れないことをして心臓バクバクの折原さんが居ます(^^)
来神すごく好きなんですけどあまり書いたことが無かったので、楽しかったです!
ただこれ、静雄さんから矢印出てます…か…?
折原さんの一方的な片想い臭がムンムンします。あれっ

もちろん苦情、返品受け付けますのでなんなりとどうぞ><



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