仕事でヘマをして骨折した。しかも両手。かなり笑えない。

そんな俺を見た恋人には「ざまあみやがれ」と蔑んだ目をして鼻で笑われたけど。
あれっ恋人って普通こういうときは誰よりも心配するものなんじゃ、なんて考えがチラッと脳裏に浮かびはしたけど、シズちゃんに俺に対する優しさなんて求めてないっていうか寧ろ求めるほうが間違っている気もするからとりあえず気にしないことにする。

そう、優しさは求めていない。
怪我をした俺に誠心誠意尽くしてくれなんて贅沢は勿論言わないがそれでも多少の思いやりくらいは欲しい。
つまり、今リアルタイムで目の前に広がるこの現状を俺は理解したくないわけで。


「ちょっとシズちゃん…空気読んでよ…」


いつも通り夕飯の準備を終えたシズちゃんがキッチンから俺を呼ぶ声が聞こえて、いそいそとダイニングに向かうと、ほかほかと湯気をたてている出来たての食事達。
相変わらずシズちゃんは見かけによらず料理が上手いなあ、さすが俺の未来のお嫁さん!
なんて惚気きった台詞は、以前口に出したら照れ隠しなのか何なのか全力で殴られたので俺の頭の中で思い描くだけに留めることにした。

席に着き、ある違和感。
既に食事を始めているシズちゃんに向かって言葉を投げかけると、不思議そうに寄せられた眉。
何が何だか分からないといった様子のその表情に、俺の笑顔がピシリと固まる。
いやいやいや、本気で分かってないの、この子。


「シズちゃん、俺いま骨折してるんだよ。しかも両腕」
「知ってるけど」
「いや、だからさ!普通に食事出されたって食べれるわけないだろって話で!」
「知るか。犬みてーに這いつくばって食えば」


あ、かっちーん。そういうこと言っちゃうんだ。
まるで恋人とは思えないようなその言動にハラリと涙がこぼれそうになるが、持ち前のプラス思考でカバーする。
どんな苦境でも乗り越えて俺得展開に変えてみせるから、みていろよ。


「ね、シズちゃん。あーんしてほしいなぁ」
「はあ?」


甘えた口調で提案してみると、これでもかとばかりに不機嫌な顔にドスのきいた声で返事を返された。まるで恋人とは思えないような以下略。

ふざけんな、と唾でも吐かれそうな勢いで却下された提案を俺がそう簡単に諦めるはずもなく。
シズちゃん、と今度は少し真面目な声音で名前を呼びじっと目を見つめると、シズちゃんの頬がわずかに染まり視線が泳ぎ始める。
いや、とかでも、とかその唇から洩れ始めた戸惑いがちの言葉に俺は確かな手ごたえを感じ、心の中で大きくガッツポーズを決めた。
シズちゃんは案外押しに弱い。ゴリ押ししたらほぼ9割の確率で落ちる。
これは付き合い始めてから様々な実体験で検証済みの事実である。


「…口、開けろよ」
「はーい」


仕方なくだからな、と前置きしてからハンバーグを一口大に切ったシズちゃんが、照れ臭そうな顔でフォークを持ち上げる。


「あ、ちょっと待ってシズちゃん」
「あ?」
「ちゃんと冷ましてくれないと。そんなのいきなり口に入れられたら火傷しちゃうよ、俺」
「さ、冷ますって…」


どうすりゃいいんだよ、と分かっているくせにその行為が恥ずかしいのか何なのか困ったように眉を寄せたシズちゃんの表情が可愛くて、食事中ということも忘れついつい襲ってしまいたくなる。でも我慢だ、鎮まれ俺の荒ぶる魂。
ようやく決心がついたのか、グ、と息を呑んだシズちゃんが掲げたフォークに控えめに息を吹きかけ始めた。
ふーふー、とシズちゃんの唇から吐息が吐き出されるたび、あまりの可愛さに俺の口元が緩む。
でも今の俺はそのにやけきった顔を隠す腕を持ち合わせていないので、必死に平静を保とうとするものの多分というか絶対隠せていない。今、俺変な顔してるかな。


「…その半笑い何とかしろよ、腹たつ」
「えー、ははは。シズちゃんが可愛くって、ついー」
「…おら、さっさと食え」


やっぱり変な顔をしていたらしい俺に、恥ずかしさで頬を赤く染めたシズちゃんがぐいぐいとフォークを押しつけてくる。
大きく口を開けてぱくりとハンバーグを頬張り、美味しいよ、と微笑むとシズちゃんは困ったような怒ったような微妙な表情をした。多分、照れているんだろうと思う。

もぐもぐと租借しているとシズちゃんが再度フォークを差し出してきた。
一度やってみたら照れも無くなるのか何なのか先程の赤い顔は何処へやら割と平気そうな表情をしている。
それはそれで嬉しいけど、何となく面白くない。
与えられた食事をもぐもぐと食べていく俺を見たシズちゃんが呟いた「本当に犬みてえだな」という何気ない台詞も面白くない。


「ほら、いざ―…ゃっ!」


差し出されたフォークに刺さったハンバーグをスルーして、そのフォークを持つシズちゃんの手をぺろりと舐める。
すると彼の体がビクリと揺れてその手から零れおちたフォークがカランと音を立てテーブルに転がった。


「な、にすんだっ…!」
「いやー、だって今の俺は犬みたいらしいし?犬は犬らしくご主人さまを舐めて愛情表現しようかなって」
「ふざけんな、何言ってんだ!」


ふざけてないよー、俺はいつだってシズちゃんを愛することに関しては全力投球だから。
やめろ、と声を荒げるシズちゃんを無視して指を口に含み丹念に舌で舐め上げると、シズちゃんの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。
噛み締めた唇の隙間から小さく声が漏れ始めて、自然と俺の口角が吊りあがる。


「ん、いざやっ…、やめっ」


ちゅ、ちゅ、と音を立てながら指への愛撫を続けていると、控えめに告げられる否定の言葉。
真っ赤な顔で紡がれるその言葉は、本音なのかただの建前なのかは定かじゃない。
でも、どっちにしたって俺がこんな美味しい状況をみすみす見逃すわけないよね。
べろりと指の間に舌を這わせると、シズちゃんの体がびくりと撥ねた。
は、は、と息を漏らしながら弱々しく伸ばされたシズちゃんの手が俺の腕に触れる。
ああ、可愛いなあシズちゃんったらそんな風に腕にすがりつかれなんてしたら俺もう我慢できな…ん、腕?


「…っ、い、いっだあああああ!」


思考回路がぐずぐずに溶けて何が何だか分からなくなってしまっていたシズちゃんが、無意識に掴んだ俺の腕にぐっと力を込めた瞬間、目の前に火花が飛んだ。
そうだ、俺骨折してたんだっけ。
そんな当たり前の事実に気がついた頃には、時すでに遅し。

全治3週間と診断されていた俺の骨は粉々に粉砕され、再度診察をするハメになった新羅に「一体何をどうすればこんな奇想天外なことになるんだい?」と目を丸くされ、シズちゃんには自業自得だと罵られ、俺はがっくりと肩を落とすしか無かったのだった。
















なちさまから頂いたリクエストで「臨静で裏なし甘々ほのぼの」でした。

どんな話にしよっかなーと書き始めたものが妙にしんみりした感じになってしまい、あっこれじゃ駄目だと書き直したら、今度は変にあほっぽくなってしまいました。
あまあ、ま…?ほのぼ、の…?
と何だか疑念が残る感じになってしまい申し訳ないです…
あーんだけで終わるはずだったのに折原さんが調子に乗った結果の後半のわんわんプレイは完全に蛇足です。すみません…

もちろん苦情・返品も受け付けますのでなんなりとどうぞ><



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