「とりあえずシャワーでも浴びてきたら?」


部屋にあげた後、全身ぐっしょりの彼を気遣ってそう声をかけてみると、小さく頷いた彼は大人しく浴室のほうへと向かった。
適当に着替え用意しておくから、そう呼びかけようとして、そういえばまだ彼の名前を聞いていないことに気付いた。
…でもまあいいか。どうせ今晩限り、もう二度と会うことも無いだろう。

暖房をつけ部屋を暖かくしてテレビを見て待っていると、キィと扉が開く音がした。
ぺたぺた、と廊下を歩く足音が近づいてきたかと思うと、用意しておいた俺の服に身を包んだ彼が顔を覗かせる。
年下の割に恐らく俺より身長が高いだろう彼に俺の服は少し小さかったようで、スウェットの裾が少し短い。

そのまま此方へと歩いてきた彼は、ぺたりとソファに座る俺の足元へと腰を下ろした。
濡れた髪が張り付くうなじがチラリと覗いて、三度俺の心がドキリと撥ねた。
何だというのだろう、さっきから。彼は年下で、しかも男だというのに。
でも彼には何か言葉では上手く言い表せない、色気がある。
いくら彼女と別れたばかりだといっても、年下の少年に情欲を感じるなんて俺も大概節操が無い。


「これ、あんたの彼女?」


ハァ、と内心で溜息をついているとふいに掛けられた声。
ふと視線を向けると、此方を振り向く彼の手には俺と彼女が写った写真立てが握られていた。
ああ、そういえば柄にも無くそんなものを飾ったりもしていたっけ。


「さっきまではね。…今は違うけど」
「何で?」
「さあ、こっちが聞きたいよ」
「フラれたのか」
「………」


ズバっとものを言う子だなあ。
言い当てられた真実に少し眉をしかめるけれど、事実なのだから仕方が無い。
難しい顔をしていると、カタリという音を立てて写真立てを伏せた彼が、ずい、と俺に近寄ってきた。体が密着する。


「…慰めてやろうか」


何を、そう口を開こうとした頃にはもう既に遅かった。
彼の細い指が俺の股間へと伸び、瞬く間にファスナーが下ろされ前を寛げられる。
取り出された性器はもちろん何の反応も示していなくて、彼は萎えきっている俺の性器を丁寧に指で撫でる。


「…っちょ、何、してっ…!」


慌てて制止の言葉をかけるが、彼は何も答えず寧ろ俺の言葉などまるで聞こえていないかのように性器を口に含んだ。
そのままべろりと舌で舐めあげられて、性器が段々と硬度を増していくのが自分でも分かった。
こんな意味不明な事態に置かれているにも関わらずしっかり反応してしまう自身に少し情けなさも感じてしまうが、だって仕方ないじゃない男ってそういう生き物だもん!


「っん、…ふ、……っあ」


なるべく声を我慢しようと唇を噛んではみるものの、どうしても断続的に声が漏れてしまう。
それもこれも俺の性器を頬張る彼がやたらと上手いせいだ。
どう見たって俺より年下で、しかも同じ男なのに、どこでこんな技術を身につけたというのか。
先端を甘噛みされて指で裏筋をなぞられ、俺は呆気なく達してしまった。
口の中に吐き出された精を、彼はあろうことか飲み干した。ゴクリと動いた喉を見て、俺は目を見開く。


「君、何なの急に…!」
「…言っただろ」


礼はするって。
ソファに乗り上げてきた彼は俺の唇に噛みつきながら、服を脱いだ。








目を覚ますと部屋に既に彼の姿は無く、ベタに置手紙なんてものも用意されていなかった。
すべてが何かの夢だと思いたかった。
でも、ゴミ箱に無残にも捨てられた大量のティッシュと俺の精液が吐き出された使用済みのコンドームを前に、よもやそんな世迷言は呟けない。


「…何だっていうんだ、一体」


2年間付き合っていた彼女にフラれ、その晩に拾った年下の男に襲われ、しかも最後のほうは俺も結構ノリノリで彼を無茶苦茶に抱いた気がする。…深夜のテンションで記憶も結構おぼろげなのだけど。
まあいいか。済んだことをぐだぐだ考えたって仕方がないし。
昨日のことは犬に噛まれたとでも思って忘れてしまおう。
何たって今日は俺の教師としての記念すべき第1日目なのだから。
ピシャリと顔を叩くと、俺は新品のスーツに袖を通した。







「それでは今日から宜しくお願いしますね、折原先生」


赴任先の高校に辿り着き、案内された先ではニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべる校長の姿。
こちらこそ、と頭を下げるとまあそんなに畏まらずに、なんて軽い言葉が笑い声と共に掛けられ、思わず笑みが浮かぶ。良かった、いい校長先生みたいだ。
この学校なら上手くやっていけるかもしれないな。
そんな呑気な考えを浮かべた俺の背後で、コンコンと控えめにノックの音が響いた。
次いで、ガチャリと扉を開く音がして、失礼しますという挨拶と共にペコリと頭を下げた男子生徒が部屋に足を踏み入れる。
整えられた黒髪に、堅苦しい制服を崩すことなくきっちりと着こなした、いかにも真面目な風貌の生徒だった。


「ああ、紹介しますよ折原先生。彼は我が校の生徒会長を務めてくれていましてね。実に真面目で優秀な生徒なんですよ」


ハハハと朗らかに笑う校長の声をBGMに、宜しくお願いします、と呟きながら俯きがちだった彼が顔を上げる。
その顔を見た瞬間、俺の思考回路が停止した。
…昨日の、彼だ。
髪の色も違うし纏う雰囲気も全く異なるが、間違いなく昨日の彼だ。
いきなり襲われ人の上で喘ぎ声を上げながら腰を振っていた男の顔なんて、そうそう見間違うものじゃない。


「じゃあ、平和島くん。折原先生を教室まで案内してあげて貰えるかな?」


驚きに目を白黒させている俺の心情になんて気付くはずもない校長の全く空気を読んでいない提案に、平和島と呼ばれた彼は微笑で答える。
此方です折原先生、なんて台詞を残し校長室を出ていってしまった彼を俺は慌てて追いかけた。


「…人違いじゃ、ないよね?」


廊下を進みながら俺の前を歩く彼の背中に問いかける。
此方を振り返ることなく彼は足を速めながら返事を返してきた。


「何がですか」
「とぼけないでよ。…ねえ、いつもあんなことしてるの?年下だとは思ってたけど、まさか高校生だなんてね」
「…仰っている意味がよく分かりません」


あくまでシラをきるつもりらしい彼の態度に肩をすくめながら、俺は更に挑発的な言葉を彼の背中に投げかける。


「昨日は金髪だったよね?その髪スプレー?学校では真面目な優等生を演じてるのに、夜は男相手に股を開く淫乱ちゃんってわけだ」


馬鹿にしきった俺の台詞を合図に、彼の足がピタリと止まる。
そのままチッと舌打ちをした彼が振り返り、じろりと睨みつけられたその視線に、俺の背筋が震えた。
恐怖を感じたんじゃない。端的に言えば、欲情したのだ。


「…テメエに声をかけたのは間違いだった。あんだけ盛っといて、教師かよ」
「誘ったのは君でしょう。棚上げもいいとこだね」


やれやれと芝居がかった様子で肩をすくめると、彼は明らかに苛々しながら頭を掻きむしった。
昨日は俺も突然の出来事に半ばパニックになっていたせいでよく分からなかった彼の本性が、段々見えてきた。


「…で、何が言いたいんだよ。俺のこと学校の奴らにバラしでもするってのか」
「まさか、そんなんじゃないよ。そもそも新任教師の俺が言うことなんて誰も信じないだろうしね。ただ―…」
「……ッ!」


素早く目を配り周囲に誰も居ないことを確認すると、ぐいと彼の腕を引っ張りその唇に噛みつくようにキスをした。
強引に舌をねじ込み、歯列をなぞると、彼の唇から喘ぎ声とも呻き声とも取れるようなくぐもった声が漏れた。
一度唇を離し、再度口付けようとしたところで我に返った彼に、思いきり体を突き飛ばされた。


「…て、めえ!何しやがるっ…!」
「別に君の弱みを握ったつもりなんてないよ。ただ、昨日はヤられっぱなしだったからね、言っておきたかったんだ」


あんまり大人を舐めるなよ、って。
にこりと笑んで告げたその台詞に、彼は本当に憎らしそうに俺を睨みつけて「…死ね」と吐き捨てた。
くるりと踵を返して歩き始めた彼の背中に、再度声をかける。
そうだ、どうせなら1つだけお願いを聞いてもらおう。


「平和島くん、君の下の名前教えてよ」


ああ、予想以上に楽しい学校生活になりそうだ。










(…平和島、太郎)
(………もっかいキスされたいの?)





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