※シズビッチ注意!
※何かもうやりたい放題です






そこそこの人生を送ってきた。
友人達に囲まれてそこそこ楽しい学生生活。
特別美人でも無いがそこそこ小奇麗な彼女。
教育実習を経て明日から都内の高校に赴任することも決まった。
特別誇れるわけでもないが卑下するほどでもない、そこそこの人生。
そんな俺の人生をブチ壊したのは、2年付き合った彼女の口から発せられた台詞。


「別れてほしいの」
「え」


レストランで食事をして、明日からの俺の門出を祝していたはずなのに、何故こうなった。
今日はやたら酒を飲むなあなんて思っていたけど、まさかこんな爆弾が用意されていただなんて。
酒の勢いでも借りなければ言い出せなかったとでもいうのか。
一度切り出してしまうと勢いがついたようで、彼女の口から零れ出すのは俺に対する不満、不満、不満。
呆気にとられた俺は馬鹿みたいな顔をして、あ、そう、と返すことしか出来なかった。




(折原くんって誰に対しても優しいじゃない?私、本当に愛されてるか不安になるの)

−じゃあ、お前以外には冷たくしろっていうのか。それで俺が周囲からどう思われてもいいっていうのか。

(それに折原くん何考えてるかよく分からないっていうか…自分のことあんまり話してくれないし)

−なんて勝手な言い分だ。いつも自分のことばかり話して俺の話なんか聞こうともしなかったくせに。




お互い大学も卒業だし、2年も付き合っていればこのまま結婚も…なんてことを考えなかったわけでもない。
だからこそ何の前触れもなく切り出されたこの別れにどう対処していいのか分からない。
まともな会話も成り立たないまま俺を置いて店を出て行ってしまった彼女を追いかける気力すら湧かなかった。
1人家路を辿りながらようやく我に返りはじめた俺は、ポケットから携帯を取り出す。
アドレス帳を呼び出し、先程別れを告げられたばかりの彼女の名前を探すと、発信ボタンを押す。
しかしコール音は鳴らず、代わりに聞こえてきたのは無機質なアナウンス。
…着信拒否。仕事が早過ぎるだろ。


何で俺がここまで必死にならなきゃならないんだ。
全てがどうでもよくなって、もやもやする心を抱えながら足を速める。
自宅マンションが見えてきて、ポケットに手を突っ込み鍵を探していると、前方から歩いてきた誰かと肩がぶつかった。


「…っあ、すいません」
「………」


何歳か年下だろうか。
線の細い身体をした少年は、濡れた金髪の隙間からチラリと俺を見上げた。
そんなに強くぶつかった訳でもないのだが、ふらりとよろけた彼の肩を支える。
とっさに掴んだ腕は水分を含みぐっしょりと濡れていた。
そういえばちょっと前まで雨が降っていたっけ。この子は一体いつから此処にいたんだろう。


「…ねえ、君。大丈夫?」
「………」


明らかに心あらずといった雰囲気の少年を放っておく気にもなれず、とりあえず声をかけてみると彼はやんわりと俺の手を振り払い、自分の力で立ち上がった。


「…あんた、ここの人?」


ここ、と言った彼が俺の住むマンションを仰ぎ見る。


「そうだけど…何で?」
「…俺のこと、飼ってくんねえか」
「は?」
「一晩でいい。…泊めてくれ」


じっと茶色い瞳に見つめられ、不覚にも俺の心がドキリと撥ねた。
…いやでも、飼ってくれとか泊めてくれとか何言ってるんだ、この子。
いくらなんでも知らない男を部屋にあげるのには抵抗がある。
こんな頼り無さそうな子に何されるってわけでも無いだろうけど…近頃は物騒な事件も多い。
でも、何だか危なっかしい感じの子だし。このままここに置いておいて万が一死なれでもしたら後味が悪い。
どうしようか。
うんうんと唸る俺の腕を取り、彼は口を開いた。


「…頼む。礼は、するから」
「礼って…」


お金でも払ってくれるのだろうか。いや、でも年下から金をせびるほど俺の性根は腐ってないつもりだ。
はあ、と溜息をつくと俺の腕を握る彼の手に自分の手の平を重ねた。


「分かったよ。…今晩だけだからね」
「…サンキュ」


少しはにかんだような表情を見せた彼に、またも俺の心が高鳴った。何だというんだ、一体。
この頃の俺はまだ知らない。この数十分後、俺の身に起きるとんでもない出来事なんて。
そんなこと、予想出来るはずもなかった。