※幼なじみパロ





窓の外の風景が、見慣れた都会のビル群から緑の田園へと変わっていく。
ガタゴトと揺れる電車内で窓際に肘をつき、瞼を閉じた。
故郷に帰るのは何ヶ月ぶりだろう。いや何年、か。
最後に帰ったのは確か去年のお盆休み…いや、ゴールデンウィーク頃だっただろうか。
とにかくしばらく顔を見せていないことだけは確かだ。

車内アナウンスで聞き慣れた駅名が告げられる。
俺は閉じていた瞼を開き、小さなショルダーバッグを引っ掛け立ち上がった。


風にたなびく緑の田園。そびえる山々。
辺りを見渡しても人っ子ひとり見当たらない。
延々と広がる緑と、老人と子供しか居ない。こんな田舎町が俺の故郷だ。

高校を卒業してから、上京して専門学校に通いふとしたチャンスで成功して、今ではそこそこ名の知れたカメラマンになった。
食うに困らなくなったのは良いことだけど、ただひとつ不満があるとすれば休みが全く取れないこと。
彼にそんな愚痴をこぼしたら、贅沢な悩みだと怒られてしまったけれど。
電車で片道3時間もかかるこの町には、そこそこまとまった休みが無いと帰っては来れないし。
必然的に年に1回会えるか会えないかになってしまった今の関係を、彼は一体どう思っているんだろう。





田んぼ道を抜けて少し広い通りに出ると、色褪せた雰囲気が漂う商店街が広がっていた。
いつ帰ってきても変わらない風景に少し安堵しながら、角から数えて3軒目の小さな喫茶店に足を運ぶ。
扉を押し開けると、カランカランとベルの音が鳴り響き、中に居たウェイターが顔を上げた。
反射的に告げられた、いらっしゃいませという台詞は彼が俺を見た瞬間、中途半端な響きを残して喉の奥へと押し込められていった。


「…い、ざや?」
「久しぶり、シズちゃん」


カウンター席に座ると、シズちゃんが慌てたように駆け寄ってくる。


「いつ、帰ってきたんだお前」
「さっき」
「…連絡くれりゃ、迎えに行ったのに」
「驚かせたくてさ」


おどけたようにそう言うと、少しムッとしたシズちゃんが俺のテーブルの前に乱暴に水を置いた。


「ご注文は」
「じゃ、コーヒー。シズちゃんバイト終わるの何時?」
「何でだよ」
「待ってるから。一緒に帰ろう?」
「…あと1時間」


そう言いながらふっと目をそらしたシズちゃんの頬はわずかに朱に染まっていた。
言い方はぶっきらぼうだけど、明らかにそわそわしているのが見てとれて、俺はにやけて勝手に吊りあがる口元を隠すのに必死だ。
そんな俺の様子に気付いたシズちゃんが、にやにやしてんな、とデコピンを繰り出してきた。





「でも、シズちゃんがまだあそこでバイトしてくれてて良かったよ」


すっかり暗くなった田んぼ道を2人並んで歩く。
空を見上げながら、やっぱり田舎の星は綺麗だななんて、ぼんやりとそんなことを思った。


「1年ぶりくらいだから、もしかしたらバイト先変わってるかなって思ったんだけど」
「当分変える気ねえよ。…俺、短気だし。他んとこじゃどうせ長続きしねえから」
「あの喫茶店だと大丈夫なの?」
「新羅の店だから、多少は多目に見てくれるし。来るのも馴染みの客ばっかだから」


ふと同級生の名前を口に出され、そういえばアイツ元気なの?とついでに尋ねてみると
相変わらずだ、とシズちゃんが苦笑しながら答えた。

薄い唇から、言葉と共に紫煙が吐き出される。
そういえば、シズちゃんが煙草を吸うようになったのは何時からだったろう。
高校の頃はまだ焦げ茶だった髪の色も、いつの間にか金色に変わっていた。
甘党の彼が、いつの間にか煙草を吸うようになっていた。
メールをすれば言葉を交わせるし、電話をすれば声も聞ける。
でも、顔を合わせることは叶わない。彼の些細な変化にも気付けないほど、片道3時間の距離はこんなにも遠い。


「ああ、そうだ今日シズちゃん家泊まってってもいいかなあ?」
「俺は最初からそのつもりだ。どうせ、実家帰る気ねえんだろ、お前」
「何でそう思うの?」
「お前、昔っからおばさんと仲悪ぃじゃんか」


まあね、と肩をすくめるとシズちゃんが苦笑しながら溜息をつく。


「…人ん家の問題に首突っ込む気は無ぇけどよ」
「なに?」
「おばさん、最近お前のことよく話すんだよ。お前、近頃よくテレビとか出てるから」
「話すって何を?俺の悪口?」
「…じゃなくて、お前ともう一度やり直したいってさ」


物心ついたころ、俺に既に父親は居なかった。居たのは色情狂いの母親だけ。
男を取っかえ引っかえして、毎晩遊び歩きろくに家に帰っても来なかった母親との思い出なんて正直なところ1つも無い。
今更しおらしくなられた所で、心惹かれるものも何も無い。


「確かにおばさん昔はすごかったけどよ、今は真面目に働いてんだぜ」
「単に歳とって、相手にしてくれる男が居なくなっただけじゃないの?」
「…臨也」


たしなめるように名前を呼んで立ち止まってしまったシズちゃんを、数歩歩いた先から振り返る。
本当、変なところで真面目なんだから。


「…分かったよ。シズちゃんが一緒に付いてきてくれるなら、明日帰るよ実家」
「そんなの、良いに決まってんだろ」
「ついでに、シズちゃんのこと俺のお嫁さんになる人です、って紹介させてくれるなら尚いいよ」
「…それは駄目だ」


手を伸ばして髪を撫でるとシズちゃんの瞳が揺れた。
そのまま細い身体を抱きしめると、おずおずと伸ばされた腕が俺の腰に回る。
久しぶりのシズちゃんの体温。シズちゃんの匂い。
幸せな気分に浸りながら、瞼を閉じて肩口に顔を埋めるとシズちゃんが戸惑ったように、いざや、とか細い声をあげた。


「…明後日、帰んなくちゃいけない」
「…おう」
「このまま連れて帰りたいなあ」
「何言ってんだよ、お前」
「だって、さ」
「俺は都会は苦手だし、この町が好きだから。出る気は無えよ」
「俺と会えなくても、シズちゃんは平気なの?」


意を決して聞いてみると、シズちゃんは少し言葉を詰まらせた。
何度か目を泳がせたあと、平気じゃねえけど、と前置きしてから何やら喉の奥でもごもごと言いながら口を開く。
お前が向こうで頑張ってるのを知ってるから、俺もこっちで頑張れるんだ
なんて、頬を赤くさせながら言うものだから、ドキリとしてしまった。


「…それに、会いたくなったら会いに来りゃいいし。俺…も、寂しくなったら会いに…っ、うわ」


シズちゃんが言い終わるのを待たずに、抱きしめる腕に力を込めると細い肩がビクリと撥ねた。
1年分溜まってるんだから今夜は寝かせないよ、なんて囁くとシズちゃんの頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのが分かって、思わず笑みが零れた。









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