噂話というものは実に面白い。
火の無い所に煙は立たないと言うけど、実際根も葉も無いような噂話だって存在するし、はたまた一体どこで誰がそんなネタを仕入れてきたのかと思うほど核心に近い噂話だって存在する。
しかしそれほど真実に近い話でも人々の間を伝って行く間に尾ヒレが付き背ビレが付き、時には重要な箇所がスッポリ抜け落ちたりで、結局は原型を留めない話になっていることも少なくない。

つまり何が言いたいかというと、
噂話ほどアテにならないものは無いということで、それと同時に噂話ほど面白いものは無いということだ。

仕事上、各所に張り巡らせている俺の情報網には実に様々な噂話が引っ掛かる。
信憑性も何もないような話を俺が鵜呑みにするなんてある筈もないが、今回の噂話は今まで以上に格別だった。

「平和島静雄が結婚するらしい」

なんて、馬鹿げた話だろう。そしてなんて面白い話だろう。
居ても立ってもいられなくなった俺は、コートを着込み池袋へと足を向けた。
噂の真意を確かめに行く為じゃない。ただ、彼を全力でからかう為だけに。





池袋に降り立ち、数分歩いたところで目当ての人物はすぐに見つかった。
ただでさえ目立つ長身に、金色に染め上げられた髪にバーテン服を着込んでいる人間なんて、嫌でも目立つ。
探す気なんてまるでなくても視界に入って来てしまうであろう彼に、だーれだ、なんて目隠しでもしてやろうかとそっと背後から近づいてみたものの、あと数歩というところで勢いよく振り返った彼と視線がかち合う。


「あっ気づかれちゃった」
「…臨也くんよぉ、くっせえんだよテメエ。プンプン匂いやがる。気づかねえ訳が無ェだろうが、あぁー?」
「会う度、人のこと臭い臭いって…傷付くなあ」


シズちゃんはこめかみに何本も青筋を浮かべながら辺りを見回し、俺に投げつけるための獲物を探し始めた。
ヤバイ、これじゃいつも通りの終わらない追いかけっこが始まってしまう。
いつもならそれでもいいけど今日の俺はちゃんと明確な目的を持って彼に会いに来た訳だから、きちんと本題に入らないと。
わざとらしく、今思い出した!という風にポンと手の平を打ってから、俺は笑顔で彼に問いかけた。


「あっ!そういえばシズちゃん結婚するんだって?」


さぁ、一体どんな反応をしてくれるだろう。
はぁー何言ってんのお前頭おかしーんじゃねーのいっぺん死ねよマジでよー
といつも通りキレてかかってくるか
お前そんなアホみてえな話どこで聞いてきたんだよ教えねえとぶっ殺すぞノミ蟲よー
と脅しにかかってくるか
まぁ常日頃から何を考えているんだか分からないシズちゃんだけど、こういった時の反応は大方予想がつく。
前者か後者か二つに一つだろうと予想を立てながら、にやにやしながら待っている俺に向けて彼が返した反応は俺の予想をばっさりと裏切るものだった。


「何で知ってんだ?お前」


眉を寄せて、少し首を傾げながら、さも不思議そうに。
ん?待てよ、どういうこと?
シズちゃんはそういう冗談を言うような奴じゃないし、俺の冗談にノリで返すようなユニークさを持ち合わせている訳でもない。
つまりシズちゃんのこの問いかけは、不思議に思ったから吐きだされた彼の心からの疑問だ。
…つまり、どういうことだ?


「シ、ズちゃん?」
「トムさんにも言ってなかったのによ…まぁそのうちバレるだろうし別にいいけど」


頬をかきながら少し照れくさそうにはにかむシズちゃん。
何だこれ何だこれ。こんなシズちゃん見たことない。っていうか、いや、おかしいじゃん?
結婚?シズちゃんが結婚?
否定しないってことはどういうことなんだ?いや、まさか。


「まだ早いんじゃねえかとは思うんだけどよ、でもま、アイツももう子供じゃねえんだし…」


ってことは何か。相手は年下か?
いやでもやっぱり、おかしいじゃないか。
そもそもシズちゃんに年下の彼女が居るなんて噂話はこれっぽっちも聞かなかったのに、急に結婚するだなんて、そんな。
でも実際目の前で照れ臭そうにしている彼の顔は、ふにゃりと緩みまくっていて
宿敵である俺の前でそんな顔をするなんて普通ならまず有り得ない。
じゃあ、やっぱり…。
俺の中でひとつの結論が導き出されると同時に、胸の奥深くが何故かチリリと痛んだ。


「それで相手があの聖辺ルリってんだから、すげえよな」


しかも結婚相手が人気アイドルだと?
そりゃ幸せの絶頂のような顔をしていたって納得できる………
って、いやいやいや。それはさすがにおかしくない?
相手が聖辺ルリっておかしいだろ流石に。それは流石に。
だってシズちゃんがあの人気アイドルと接点があるとは到底思えない。
弟である幽くんならともかく……ん?幽くん?


「まぁ熱愛報道とかもされてたし、バレたって今更か。ある程度は予想出来てたっつーか…」
「ねぇ、待ってシズちゃん。君、いま誰の話してるの?」
「は?幽が結婚するっつー話だろ?」


おまえ何言ってんの?
そう言いたげな表情で俺の顔を覗き込んでくるシズちゃんを、初めて本気で殴りたいと思った。
紛らわしいんだよ。大事な事なので2回言う。さんはい。
紛 ら わ し い ん だ よ 。


「そう…幽くん結婚するんだ…」
「だから、さっきからその話してたんだろ?お前知ってたんじゃねーのかよ」
「うん、いや、まあ…。シズちゃんは?」
「何がだよ」
「しないの?結婚」
「喧嘩売ってんのかテメエ」


したくても相手がいねえんだよクソ野郎が、まぁそんな感じで続くのであろうシズちゃんの台詞を聞くより先に、俺はくるりと踵を返して息もつかせぬ早さで駆け出した。
いきなり走り出した俺の背中を、ポカンと馬鹿みたいな顔をして見つめるシズちゃんがショーウィンドウ越しに見えたけど速度を緩めはしない。

俺はただ走る。ひたすら走る。
シズちゃんが結婚するのだと確信したときに感じた胸の痛みと、
それが誤解だと分かったときに感じた安堵感は何かの間違いだと自分に思い込ませるために。








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