「なあ。」
彼の発した呼び掛けが、重い沈黙を破った。彼の低い声にびくりと肩を震わせたと同時に、彼が動いた。ネクタイを緩めるその姿は見てられないほど美しく眩しい。心臓がどくんと跳ねた。
「ま、待って。」
じわりじわりと距離を縮める彼に対し、ゆっくりと後ろに下がる。こんなことをしても私が危険だと分かっているのに。始めから彼から逃げられない。それでも抵抗するのは、とてつもない不安と少しの好奇心があるわけで。
「もう充分だろ。」
「まだ、だめ。」
ぐっと詰まる彼は、それでもネクタイを緩めシャツのボタンを外す手を止めない。背中に壁がトンと当たる。彼の首筋を伝う汗が、私の体温を上げた。彼との距離が縮まる。彼が動く度に香る香水が頭をくらくらさせた。
「もう、我慢出来ねえ。」
「っあ、跡部、待って。」
ふわりと大人の香りがし、身体中に震えが走る。それは次第に甘い痺れとなって、頭を麻痺させる。だめ、と呟いた言葉はもう彼には届かない。
「充分待った、だろ。」
跡部、そんな呼び掛けも全て彼に飲み込まれた。食べるように塞がれた唇は、息をすることも許されない。その行動から感じられる彼の余裕のなさは、私の興奮を高めるのに充分だった。
「あと、べ。」
角度を変えながら私を貪る彼の名を呼べば、隙ありとばかりに舌を捩じ込んでくる。熱い。小さな水音と二人分の吐息だけが部屋中に広がる。頭が動かない。興奮を高めるには充分すぎる、甘い雰囲気。熱い。
ああ、なんて卑猥な行為。どくどくと速度が上がる心臓。
「っ跡部、」
そっと、小さく呼べば彼は酷く興奮したように肩で息をし唇を離す。小さく寄せた眉と唇から引く銀の糸に、全身の血液が騒ぐ。だめ、もう何も考えられない。
「溶け、る。」
彼の首に腕を回せば、それが合図のように貪られる唇。食べられるって、きっとこういうことで。
「溶かしてやる、お前の全て。」
荒い息遣い、滴る汗。遠のく意識と、彼の妖しげな笑み。ああ、捕まった。
「貪ってやる、お前の全てをな。」
熱い意識のなかに身を委ねた。

20140101
去年書いたもの。なんちゅーもんを。


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