クロもとい久々知兵助は、それから夏休みに入るまで一度も人間にはならなかった。ただ豆腐を食べるときは目がきらきらしていて、それ以外は必要以上に近寄ろうとしない。結局この距離感は変わらないのだ。
「じゃあ行ってきます」
夏休みでも課外があり休みは盆だけだった。まあ課外は午前だけだし、帰りは友達と遊んだりするから苦ではないのだけど。
ドアノブに手をかけたとき、ふと背後に視線を感じたが構わずドアを開けた。
「ちょっと待って」
心臓が止まるかと思った。ドアノブにかけた手に誰かの手が重なり、静かにドアが閉められた。振り返ればいわずもがな久々知兵助が立っている。
「ひ、久しぶりですね」
「毎日会ってるけど」
「…ですよね」
がっくりと肩を落とすと久々知兵助は私の手を引き椅子に座らせた。時間にはもう少し余裕があるけど何か用事があるのだろうか。
「いつ休みなんだ?もう夏休みなんだろう?」
「え?えっと、盆休みだけ…」
そう言うと、心なしか久々知兵助の顔が曇った。
「お前もあいつみたいに俺を一人にするんだな」
「え、」
「…早く行かないと遅刻するぞ」
「あ、うん…」
久々知兵助が言った言葉を理解出来なくて取り敢えず行ってきます、と言ったら久々知兵助が行ってらっしゃいと返してきた。それはもう悲しそうに微笑んで。
(今日早く帰ってこようかな)
20111127
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