命とは呆気ないものだった。死は突然で、あまりにもあっさりしていた。死んだ、いなくなった、一生会えない。何故か実感がない。また、明日になったらまた、お前がそこにいるんだと、そう思っていた。

「ついて来ちゃ駄目だよ」

にゃあにゃあと鳴いて私の後をつける猫は、可愛らしいぶち柄の猫だった。私は先日飼い猫を亡くした。未だに、家に帰ったらいつもみたいにいるんじゃないかと思う。無駄な期待だ。もうこの世にいないことはわかっていた。飼い猫の死を受け止めたはずなのに。

「駄目だって」

バスから下りて帰路についたとき、どこからか猫が出てきて足に擦り寄ってきた。気にせず歩こうとしても、どうしても飼い猫を思い出してしまう。この猫に触れたい。けど触れた瞬間後悔する。飼い猫じゃない。飼い猫はもういないと。
それでもにゃあにゃあと鳴く猫を見ていたら視界がぼやけて、その場にしゃがみこんだ。

「駄目だってば!」

ついに溢れた涙を止めることが出来ず、ぼたぼたとアスファルトに染みを作っていく。擦り寄る猫が愛しくて仕方ない。

「…ナマエ?」

耳の奥を震わせた声は、知ってる、懐かしい声だった。侑士だ、そうわかった瞬間、もっと涙が溢れる。

「ゆ、し」
「え、ちょ、俺ん家の前でどないしたん」
「う、っく、」
「は、ちょ、ナマエ泣いとるやん!?」

侑士の焦る声が聞こえた。私は顔を上げることが出来ずただひたすら泣いていたら侑士が脇の下に手をまわし立ち上がらせた。ゆっくりと体が支えられる。

「取り敢えず中入ろ、な?」


 

 


「お見苦しいとこを見せてすみませんでした」

ソファーに座る侑士はゆるゆる微笑みながらええから顔上げ、と手を伸ばしてきた。

「取り敢えず地べたやのうて、こっち来て座り?」
「…ごめん忍足君」
「ん、気にせんでええよ」

ひたすらえぐえぐ泣いていたのか、外を見れば真っ暗だった。夏が近付いたとはいえ、二十時は暗い。お母さんからメールが入っていたから侑士の家、と打っておいた。携帯を閉じた瞬間、手の中が振動する。

「う、わ、もしもし?」
「ナマエ?お母さん。侑士くん家?」
「うん」
「あらあら久しぶりじゃないの。ね、ちょっと侑士くんにかわってよ」
「あ、わかった」

はい、と侑士に携帯を渡せば何で俺やねん…とでも言いたげな顔をした。久しぶりだからお母さん喜んでるんだよ…と視線で会話する。
お母さんと会話する侑士の声がゆっくりと体中に広がっていった。


「長生きした方ちゃうん?ナマエが小学生ん頃から飼ってたやろ?」
「うん」
「ナマエに飼われて良かったと思うで。幸せな猫や」
「…う、ん」

ずるい、侑士はずるい。じわりじわりとまた視界がぼやけたが、なんとか堪える。安心からか、涙腺がゆるくなっていた。そんな私を見て侑士はくすくす笑うと泣き虫さんやなあと言って頭を撫でる。だからこういうのがずるい。

「せや、ナマエ。練習試合あんねんけど、見に来いひんか?」
「練習試合?」

今週の土曜日、と言う侑士の声を聞きながら今週の土曜の予定を探る。確か何もなかったし、しのぶも一緒だったら安心かもしれない。氷帝生の友人がいて良かったとほっとした。

「ちょっとしのぶに聞いてみる」
「しのぶ?」
「あっ私の友達。氷帝生で、軽音部やってる…」
「しのぶちゃん!?」

え、と小さく出した声は侑士の声に掻き消され私はただ足元をぼんやりと見つめた。隣からあのしのぶちゃんかと、明るい声が聞こえる。

「ナマエ、しのぶちゃんと知り合いならはよ言うてや」
「な、なんで」
「そうかしのぶちゃんと知り合いやったんか。そら嬉しいわ」
「ゆ、し」

私は急激に心が冷えていくのを感じた。と同時に、涙が溢れそうになった。今日泣きすぎ私気持ち悪い、と心で呟いても、涙が止まるわけではない。知りたくなかった。しのぶの名前を出した途端侑士の弾んだ声。聞きたくなかった。ああこれではまるで侑士がしのぶのこと、しのぶのことを。

「…ナマエ?泣いとるん?」
「ごめんもう帰る」
「は?え、ちょっと待ち、そんな顔で帰ったら心配されるやろ」
「大丈夫だから」
「俺があかんねん」

もうちょっとだけ、な?そんな事言われたら帰れる筈ないのに。ぼろぼろと落ちる涙をごしごしと袖で擦ったらやんわりと手を止められた。

「擦ったらあかん」
「忍足、く、んの、馬鹿や、ろ」
「は?え?なんで?っちゅーか馬鹿はあかんで馬鹿は」
「馬鹿ばかあほ眼鏡!」
「なっなんやいきなり」

掴まれた腕を払って鞄を引っ掴むと玄関へ向かった。綺麗に揃えられた靴を見て、私そういえばどうやって脱いだんだっけ?どうやってこの家に入ったんだっけ?と立ちすくむ。散々泣いて記憶が曖昧だが、確か、確か侑士に抱き抱えられて、そして。そこまで考えて顔から火が出そうだった。うわああ…としゃがみこむ。

「ナマエ顔真っ赤や」
「…忍足君、あの、今日のことは忘れてください…」
「なんでやねん」
「本当に、なんかもう色々と…ごめん、帰る…」

ゆるゆると立ち上がって靴を履いてドアノブに手を置くと、あいている方の手がふわりと掴まれた。驚いて振り返れば、微笑んだ侑士がいる。

「忘れへん」
「え」
「やってナマエ、侑士て呼んでくれたやろ。二回も」
「…え!?」
「多分無意識やと思うねんけど」

茹で蛸や、て言って頭を撫でる侑士に、もう頭が混乱して取り敢えずお邪魔しましたと言って家を飛び出した。しにたい。

20120802
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