朝の肌寒い空気に思わず腕を擦る。私は鞄から携帯を取り出すと、画面と睨めっこをした。高校に入ってから買った携帯は、二年生になった今でもやっぱり慣れない。ブックマークからツイッターを開けば、友人であるしのぶが寝坊した!と呟いていた。思わず頬が緩む。
突っ立っていた玄関から歩道に出ると、少し向こうに見慣れた家があった。幼なじみの家だ。毎日その玄関から幼なじみが出てこないかどきどきしながら横を通るのだが、残念なことにここ二年、それは叶わず終わる。よくもまあ、自分も飽きないものだ。
幼なじみである忍足侑士とは、幼稚園から小学校までずっと一緒だった。一般家庭である私は中学受験なんてこと出来なくて、普通の中学校に通った。侑士も一緒だと、そう思っていたのに。
中学校に入ってからも侑士とは会っていたし遊んだりもした。けれどそれは一年生のときだけで、二年生になってからは侑士は部活が忙しいらしく、顔を合わせても挨拶だけで終わった。またその頃から侑士は急激な成長を始め、私より小さかった背はぐんぐん大きくなって、最後に見た三年生のときにはもうすっかり大人に見えた。なんだか私だけが子供みたいで悔しい。侑士のほうが色気があった。
高校生になってからは一度も顔を合わせなかった。学校の方向も反対だし、会う可能性があるとすれば朝か帰り。それでも侑士は部活があるらしく、会うことは出来なかった。
しのぶと暫くツイッターで会話をしていると、するりと手から携帯が離れた。落としたのかも、だなんて呑気なことを考えながら下を見れば綺麗な靴があった。なんで携帯じゃなくて、靴?

「おはよーさん」

耳に響いた低い声。はっとして顔を上げると、ふわりと香った懐かしい香り。侑士だ、と視界が少しぼやける。

「久しぶりやな。携帯買ったんや?」

侑士の顔を見れば、最後に見た三年生のときの顔よりもっと格好よくて大人で、ばくばくと心臓が動く。私が声を出そうと口をぱくぱくさせていると、侑士がくすくす笑った。やだ、顔が熱い。

「ゆ、ゆう…あ、いや忍足君…。」
「侑士でええよ、ナマエ。」

自分の名前が呼ばれた瞬間、心臓が止まった気がした。でもすぐにどっくどくと動き始めて加速する。きっとこのままじゃ壊れる気がして、体中が熱で溶けてしまうような、そんな感覚がして思わず口を開いた。

「ミョウジでいい。」
「は?」
「多分、いや絶対、心臓に悪いから。」
「なんやねん、それ。」

幼なじみやろ、とくすくす笑う侑士に恥ずかしくなると同時に幼なじみ、という言葉に心が冷える。そうだよ、ただの幼なじみだよ。

「まあええわ、ほなミョウジ。」

名字を呼ばれた瞬間心臓は落ち着いて、ゆっくりと侑士を見る。目が合ったらゆるりと微笑まれ、それを直視出来ずまた俯いた。すると手に携帯が戻ってくる。

「遅刻したらあかんし、そろそろ行くわ。」
「あっ学校…!」

するりと私の横を通り過ぎる侑士に寂しさを感じつつ携帯に目をやると、そこには忍足侑士と登録されたアドレスがあった。勢いよく振り返れば侑士も振り返りばちりと目が合う。

「行ってくるわミョウジ。」
「あっいっいってらっしゃい!」

くすくす笑って手を振った侑士は、とても綺麗だった。幼なじみなのに今までアドレスを知らなかったなんて馬鹿みたい。早く携帯を買っておけばよかったなと思った。

20120605.
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