「ナマエさん」
ふわりと空気を震わせ私の耳にすとんと入ってくるその声に振り返る。着流し姿の菊さんは、私を見て微笑んだ。
「お花見に行きましょう」
「ええっ嫌です」
「お日さまの光を浴びないと鬱になりますよ」
それにお弁当も作りましたし、ぽちくんも一緒に。この人は私が手料理とぽちくんに弱い事を知っててそんな事を言うのだ。そんな事言われたら行くしかないじゃない。ちょうど開けていた襖から風が入りふわりと菊さんの髪が舞い上がったとき彼は少し微笑み、行きましょうと言った。ああもうその顔にも弱いんだよ!
「…行きます」
そう言うと彼はまた、ほわほわと微笑んだ。
一歩外に出ると、あまりの明るさに目が開けれなかった。そんな私を見てくすくす笑いながら危ないですよ、と手を握ってきた菊さんに思わず頬が熱くなる。なんだよ菊さんの方が引きこもってるくせに!と彼の方を見るが彼の大きい瞳はぱっちり開いていた。
「どうしたんです?」
「…眩しくないんですか」
「ナマエさんとは違うんです」
失礼な!とぎゃあぎゃあ言って他愛ない話をしていたらいつの間にか目の前には大きな桜が一本、立っていた。それは美しくも、凛々しい。ぽちくんが桜の木の下でくるくると回っている。
「こんな所にこんな大きな桜があったんですね」
「ええ、ここは昔から本当に美しい桜が咲きます」
のわりには人がいない…と辺りを見渡す。成る程恐らくここは菊さんの所有地なのだろう。人が多いのが苦手な私にはとてもありがたい。菊さんが握っていた手をぱっと離し桜の下にシートを敷きはじめる。離れた手に寂しいなと思いつつ、菊さんを手伝うべく彼のもとへ走っていった。
「お、おいしい…!」
「ありがとうございます」
シートを敷き終え早速お弁当を並べていった(私はもうこれだけが楽しみでありまして)。蓋を開ける度にお弁当が輝いて見える…!と感動していると菊さんがくすくす笑っていた。もちろんぽちくんのもありますよと菊さんとぽちくんが並んでるのを見て、思わず頬が緩む。
「菊さんはいいお嫁さんになりますね」
「お嫁さんですか…」
複雑そうな顔をしつつ少し微笑んでいる菊さんを見て煮染めをひとつ、口に入れた。うわあなにこれもおいしい!本当にいいお嫁さんになれると思わずにはいられない。
「私はナマエさんに私のお嫁さんになってもらいたいです」
「菊さんこの煮染めも…えっ」
えっなにいま何か…私のお嫁さんがどうのこうのって…えっちょっと待っていま菊さんとんでもない事言わなかった!とあたふたしている私を見て菊さんはふわりと微笑む。その瞬間私の頬は真っ赤になった。
「わた私料理とかでき、出来ないですよ!」
「私の側にいてくれたら、それで」
さらりとなんてこと言うんだ!とか菊さん本当に日本人か!とか、たくさん言いたいんだけど出てくるのは声にならない音だけで、そんな私を見て菊さんはまた、お弁当に箸をつけた。お弁当を食べ終わる頃にはもう普通の会話をしていたけど、きっと私の頬はまだ赤いままだっただろう。
お弁当を片付けて菊さんが持ってきていた温かいお茶と和菓子で一息つくと、菊さんがゆっくり口を開いた。
「いいですね、こういうの」
「えっ」
「ナマエさんが隣にいて、ゆっくりと時間が過ぎて」
「なっなんかお爺さんみたいですよ」
「私はお爺さんですよ」
くすくすと笑う菊さんにつられて私も笑う。桜の周りを走り回っていたぽちくんも、今は胡坐をかいた菊さんの膝の上で寝ている。
「ナマエさん」
はあい?と菊さんを見たらゆっくりと近づいてきて唇にふに、とした感触。瞬間風が桜を舞い上げて私達に降り掛かる。
「私のお嫁さんになってください」
ぽちくんと目があった。
リクエストと一万打ありがとうございました!甘との事でしたがもっとちゅっちゅさせたほうがよかったのか…
20120416