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いつも通り屋上に足を運べば気持ち悪いくらいに青空が広がっていた。目に突き刺さり、胃を刺激する。真っ青すぎる、吐きそう。
世間一般ではこの天気、絶好の卒業日和なのだろう。がざりと袋から真っ赤なりんごを取り出し空に掲げれば、眩しくて思わず目を閉じる。青と赤、最悪な組み合わせだ。とりあえず腕を下ろしいつもの場所に座れば、いつもと変わらない風景が広がっている。見慣れた風景だけど、今までで一番空が青い。
この場所も、きっと最後かなあなんて考えて阿呆臭くなった。別に来ようと思えば来れるのだ、こんなところ。それでも、やっぱり、なにかが違う。今日という日が特別で、空が青いから。
握っていたりんごを一口かじった。しゃくしゃくと咀嚼すると、果汁とちょっとの甘さが口の中に広がる。あんま美味しくない。今までで一番、美味しくない。
グラウンドからは卒業生の声が聞こえる。私もこんなところにいないで帰ればいいのに、なぜまだ帰らないのか。だって、今日が。
記念日とか行事はすごいと思う。みんなのやる気が全然違うし、全部特別になって。

「最後の最後まで屋上でりんご食っとるんかい。」

何もかも最後ってわけじゃないのに、卒業式ってやつは。
後ろから聞こえた声に振り返れば、もう見慣れた姿がそこにあった。最初は変な人ってイメージで、嫌悪すらしていた。なのにもうそんなことはなくて、出来れば今日会いたくなかった。この場所はいつでも来れるけど、この人に会うのはもしかしたら最後かもしれない。この人はとくに、気紛れでふらっといなくなる。

「最後の最後だからここでりんごを食べるんだよ。」
「せやけどほんま、飽きひんなあ。毎日りんご食って。」
「倒置法。」
「うっさいわボケ。」

いつものように屋上でお昼をとっていたらふらりと現れたこいつに会った。それが卒業する一ヶ月ほど前のことで。彼は私を見て一言、りんご丸一個が昼飯なん?と笑った。テニス部レギュラーってこんなやつなのかとてきとうに流してたら彼は毎日ここに来て私と他愛のない話をした。お昼は屋上で一人、友人でも決して私のこの空間に入れないようにしていたのに彼はいとも簡単にするりと入ってきた。おそろしい奴だ。

「いつから此処におんねん。卒業式おったか?」
「いた。話はあんま聞いてなかったけど。」
「まあ、暇っちゅーたら暇やんな。」

彼にとってこの卒業式は区切りでしかない。多分ほとんどの生徒がそうだ。ほとんどの生徒はそのままここで高校生になる。だってこんな素敵な学校、他にはない。

「なあ。」
「うん。」
「なんで外部受験したん?」

この見慣れた眺めも、痛々しいくらいに青い空も、まずいりんごも、全て鮮明に刻まれる。私の感覚全てにこの日が、じわじわと刻まれていく。

「ここにはないことが、できるからだよ。」

ここにいたらきっと私はりんごを食べ続けるから、ここにいたらきっと私は空を見てしまうから、ここにいたらきっと。
彼のことは忘れてしまわなければならない。彼は私の人生において大きな、濃い傷をつけていった。彼と過ごした一ヶ月はとてつもなく色鮮やかなもので、それはこの真っ青な空にも似ていたがこのまずいりんごのようでもあった。

「それって、俺が一緒におったら出来んことなん?」

彼はおそろしい奴だった。人の空間にするりと入って馴染む、おそろしい奴だった。彼は私に馴染みすぎた。

「無理だよ。」

絶好の卒業日和だっていうのに、吹き抜ける風は背筋を震わせるほど冷たかった。
春はまだこない。


20130314
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