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「今日はいつもよりもっと、血色が悪いね。」
病院の独特の匂いにだいぶ慣れてきた頃、夏休み残り五日。病室に足を運ぶと、彼は本を読んでいた。
「第一声がそれとは失礼だな。」
本にしおりをはさんでこちらに顔をむける彼に近寄ると、彼はゆるりと微笑んだ。
「毎日見舞いに来るのはお前と家族くらいだ。」
「お友達は?」
「来るさ。だが部活で忙しいだろうよ。」
そうやってまた始まった他愛ない話は、私にとって本当に楽しいもので。夏休み、ぐうたら生活している私には新鮮で、新しい遊びを見つけた子どものように胸が高鳴る。彼との会話はあっという間に時間がすぎていく。
「じゃあそろそろ帰るよ。夕立も来そうだし。」
「ああ。」
「また明日。」
そう言って病室を出ようとすれば後ろから声がかかる。振り返れば彼がこちらをむいていた。表情がどことなく寂しく感じるのには気付かないふりをしてなに?と返事をする。
「明日、俺の枕の下を見てくれないか。」
「枕の?どうして?」
「俺からの、最初で最後のお願いだ。」
ほら、夕立が来るぞと言って私を病室から追い出した彼は、いつものように「また明日。」と言ってはくれなかった。
思い返してみると、彼は今まで一度も私にお願いというものをしたことがない。



次の日私が彼の病室に行けば彼は寝ていた。残念ながら顔は見れなかった。そこには真っ白な布がかけてあったからだ。
ゆっくりと彼に近付いて真っ白な布を取れば、その布に負けないくらい真っ白な顔があった。まつ毛、長いなあ。
ふと昨日の彼の言葉を思い出して、周りで泣いている彼の家族の目を盗んで枕の下に手を突っ込んだ。かさり、と指に何かが触れてそれを引き抜く。二つ折りされた紙切れは、私宛ての手紙だった。それをポケットに入れ病院を出る。
うだるような暑さと肌を突き刺す日差しに思わず顔をしかめる。ミンミン鳴く蝉がうるさい。
ポケットから紙切れを取り出し、かさりと開いた。そこには私の名前と、達筆な文字が並んでいる。

“この手紙を読んでいるということは俺はもう死んでいるな。死に顔は恥ずかしいから見ないでくれ。”

「ははっごめんもう見ちゃったや。」

“飼い猫が死んだ時私の事を思い出したと思う?と俺に聞いた事があったな。多分、思い出したんじゃないか。死を悟ったとき、俺はお前の事を思い出したぞ。
あとお前、前に死ぬのは怖いか聞いただろう?あの時の答え、訂正する。

独りで死ぬのは、怖い。”

「独りで、死んだんだ。」
恐らく夜中に、彼は死んだのだろう。独りで、孤独のなか、誰にも看取られずに。
じわじわと蝉が一鳴きしてぼとりと落ちた。

この夏、はじめて泣いた。


20120913
忍足連載の一部に似てますがずっと書きたかったお話です。

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