___



昨日の事だった。飼い猫が突然、死んだ。確かに夏バテ気味だったと思う。けれどこんなにもあっさりと、今まで兄弟のように可愛がってきた存在が消えてしまうと、本当に死んだのか疑ってしまう。次の日の朝にはお前がまた私のそばで寝ているのだろうと、そう信じていた。
「本当に死んだんだ。」
涙も出てこなかった。ただ心にあいた穴は、私が何をしても埋まらない。朝からこんな思いになるなんて思ってもいなかった。木にひっついて鳴く蝉がとてもうるさい。
その日の授業は全く頭に入らず、ただ頭の中が空洞で自分が呼吸をしているのかさえ分からなかった。帰り道にいた野良猫が訳もなく愛しくて、なんとも言えない気持ちで胸がいっぱいになったのを覚えている。
そうしていく内に夏休みに入り、飼い猫が家にいないことに慣れてしまった。その程度だったのだ。私がその程度の人間だったのだと、暑さで回らない頭を振り母に頼まれた買い物メモを見た。まだまだ暑い八月半ばの事だった。
「久しぶりだな。」
突然後ろから声が聞こえた。それはどこか懐かしい。ゆっくりと振り返れば草木がざあ、と揺れる。
「飼い猫が死んだそうじゃないか。」
俺の母が言っていたぞ。三年前はこんなに声が低かっただろうか。しかし三年前の面影は確かにあった。目もとや仕草は変わらない。目の前で黒くやわらかな髪を揺らす彼は、いわゆる幼なじみというやつだった。小学生の時は毎日のように遊んだ記憶があるけど、それももうだいぶ薄れている。
「七月の終わりに死んだよ。」
そう返せば彼は切れ長の目を丸くした。そうしてすぐに口角を上げ、
「さてはお前、一度も泣いてないだろう。」
と全てを分かりきったような顔でこう言うのだ。こいつは昔からそういうのが好きだった。
「なんで分かったの。」
私は毎回のごとくこの返事をするのだが、彼は決まって
「お前のことはよく分かる。」
と言う。何を分かるってんだ。自分でも自分の事が分からないというのに。彼の顔をちらりと見れば、勝ち誇ったような笑顔をむけていた。この顔は昔から好きではない。
そんな彼と話して二、三日経った今日。この夏休み、完全に生活リズムの狂った私は太陽が真上に昇った頃に起きた。母の用意してくれたお昼ご飯を食べていると、むかいに母が座り
「あなた、幼なじみの男の子覚えてる?」
と声をかけられた。
「ああ、二、三日前に会ったけど。」
「そうなの?あの子体調崩して入院したらしいのよ。」
へえ、とてきとうに返事をしてご飯を口に運ぶ。あ、好きな芸人さんが出てる。今の私はご飯とテレビに夢中なのだ。
「それで今日、お母さんのかわりにお見舞い行ってくれない?」
「うん。」
母の言葉にてきとうに返事をしてテレビに見入っていたとき、画面がふと真っ黒になった。母を見れば笑顔でリモコンを持ち、
「本当に?じゃあ早くご飯食べて!」
と言った。いまいち状況が掴めず首を傾げると
「お見舞い行ってくれるんでしょう。」
と言われ、かしゃんとお箸を落とした。人の話はしっかり聞かなければと私は後悔したのである。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -