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かちかち、とボタンを押す音だけが聞こえる。最新の機械なんか使えなくて、私は未だに二つ折り式の携帯電話を使っていた。タッチパネルで文字を打つなんて、私には出来ないだろう。
文芸部である私は、放課後部室に来て携帯を弄っていた。お話を書くのが好きな私は携帯に保存している。部室は全く目立たないところにあり、初めて入ったときはこんな部屋あったのかと驚いた程だ。氷帝学園は広くてそんなのはよくあるけど文芸部の部室はまず入り口がわかりにくい。慣れれば苦ではないのだけど。
そんな部活だから幽霊部員も多く、こうして私一人のときも少なくない。静かな空間でお話を書けるのは嬉しい事だから気にしないけど。

「んん…。」

今日はキスの日だと友人に聞いて、それは是非お話を書きたいと意気込んでいたのだがなかなか良い話が思いつかない。単にキスするだけの話なんて、つまらないし書けそうにない。少しは雰囲気を出すために此処、夕暮れの部室にいるのだが。

「思いつかない…。」

打った文は教室が赤く染まっているとか、ただの情景描写のみ。肝心のところは何ひとつ書けていない。

「何が思いつかへんの。」

何がってそりゃ、肝心のキスシーンが思いつかないわけで。
そう言おうと口を開いて、違和感。此処には私一人しかいないわけで、ましてや一目見ただけじゃ部室とは思われない場所。そこに響いた、低い声。声のほうに振り返ると、夕日に照らされた丸縁眼鏡が輝いていた。

「こんなところに部室があるとは思わんかったわ。」
「おおお忍足君…。」

きょろきょろと部室を見渡すのは同じクラスの忍足君だ。テニス部は終わったのだろうか、そう思って時計を見ても短い針は六のところにある。

「部活は?」
「今日は色々あって早よ終わったんや。」

忘れ物とりに来たら此処を見つけてな、と私に視線を合わせる忍足君は、隣に座った。夕暮れの教室が似合うなと思いつつ、手元の携帯に視線を戻す。

「文芸部なのに携帯に打ちこむんか。なに書いとるん?」
「ああ…ええと、今日キスの日って聞いたから何か書こうと思ったんだけど…。」

肝心なところが思いつかなくて、そう言う私に耳を傾けつつ忍足君はひょいと携帯を奪った。別に慌てないのは、まだキスシーンを書いてなくてとくに恥ずかしくはないからだ。すらすらと目を動かす顔は、改めて見ると酷く整っていた。流石テニス部だ。読み終わったのか、携帯が返される。

「夕暮れの教室か。ロマンチックやなあ。」
「どういう流れにしようか迷ってて。」
「ほな、俺も一緒に考えたろ。」
「は?」

そうやな、と腕を組んでこちらを見る忍足君に思わず視線をそらすと、こっち見ろやと声がかかる。その声はやけに色っぽい。部活後で暑いのか、首筋のとこが大胆にはだけていた。どうしよう今物凄く帰りたい。

「ええと…。」
「今日キスの日やろ?ミョウジはキスしたことあるんか?」
「えっいやないよ。」
「…ほんならミョウジの初ちゅー、俺が貰うわ。」

はあ?という前に腕を掴まれ、言葉を発するはずの口は忍足君の唇によって塞がれた。ちゅ、と音をたてて離れた唇は、酷く柔らかい。

「なんや止まりそうにないなあ、もっとしたろ。」
「お、おし、」

掴まれた腕はびくともせず、何度も啄まれる感じに全身の力が抜けかしゃんと携帯を落とす。わざとらしくちゅっと音をたてるキスに、全身の血液が顔に集まる感じがした。息の仕方がわからず苦しい。顔を背けるも追われるばかりだ。

「苦し、」
「逃げたらあかんで」

一瞬唇が離れ、息が出来ると思ったのも束の間。少し口を開いたらぬるりと忍足君の舌が入ってきた。ちょっと待って何が起こっているのかさっぱりわからない。私の腕を掴んでいた手もいつの間にか私の後頭部と腰にあって、ぐいっと引き寄せられる。私は全身の力が無く忍足君の服をゆるりと掴んだ。
鼻にかかった声しか出ず、顔が熱い。舌を引っ込めてもしつこく忍足君の舌が絡んできた。息が出来ない。

「んん…!」
「ん、もう限界か。」

しつこく絡んできた舌が離れ、ぺろりと唇を舐められる。肩でぜえはあ呼吸する私の耳に唇を寄せてくすくす笑いだした。

「いきなり何するの!」
「自分顔真っ赤でかわええな。茹で蛸みたいやで。」
「なっ!」

耳元で吐息混じりで喋るもんだから、思わず体が強張る。くすくすと笑われる度にびくりと肩が揺れた。

「好きな子の初ちゅーが貰えるなんて嬉しいわ。しかもべろちゅーまで」
「う、あ」

ばふっと顔が熱くなり、私はきっと爆発してしまうのではないだろうか。耳たぶをちゅっと音をたてて啄まれ、ひっと声が出る。

「っていうのが俺の考えなんやけど、どうや?」
「え、え…?」
「小説、書くんやろ?夕暮れの教室で好きな子の初ちゅーを貰う。なかなかええわあ。」

私の髪をくるくる弄りながら楽しそうに喋る忍足君を見て、一瞬固まった。ちょっと待てさっきのキスは全部演技?私の初ちゅーは?

「お、お、忍足君の馬鹿あほ私の初ちゅー返せ!ちょっとのときめきも返せ!」
「ちょっとのときめきてなんやねん。ミョウジちょっと落ち着き。」
「わた、私は騙されないんだから!」
「なに言うとんねん。安心し、好きな子の初ちゅー貰えたのが嬉しいんは事実やから。」
「女の敵!…えっ。」

くるくると弄る手を止め、体を少し離して視線を合わせる忍足君にどぎまぎしていたらゆるゆると笑った。

「顔真っ赤で涙目なミョウジめっちゃ可愛かったで。誘っとるようにしか見えへんやろ。」

あまりにもかわええから止まらんくなったわとか、小説の内容考えるなんてキスする口実やとか、よく喋る忍足君は少し耳が赤かった。

「こうでもせんと、ミョウジ鈍感やから気付かへんやろ。」

好きやナマエ、と言いちゅっと啄むキスを何度もされたり、小説書けたら見せてなとか言われたりしたけど、私は頭が真っ白だった。

「そや、告白の返事は小説に書いといてな?」

取り敢えずばくばくと心臓がうるさいということは、私は忍足君のことが気になるらしい。


20120524.一日遅れのキスの日!
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テーマ「人外ファンタジー」
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