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「潮江先輩」

その人は昨日と同じように自室の前で鍛練をしていた。潮江先輩はわたしの声に振り返り、なんだと返す。

「わたし椿の花が嫌いです」

潮江先輩はそうか、と言ってまたクナイを振りかざす。ひゅっと風をきる音がした。ざわわと木が唸り草が揺れる。少し肌寒い。もうそんな季節かと金木犀の匂いが鼻につく。わたしはこの甘ったるい匂いが少しだけ苦手だ。

「なんで嫌いなのか、聞いてくれないんですか」
「聞いてほしいのか」
「出来れば聞いてほしいです」

すると潮江先輩はクナイをしまい手拭いで汗を拭きわたしの隣に座った。なんだかんだ言って優しい人だと思う。

「では聞こう。何故嫌いなのか」
ぶわりと風が吹き、びゅおおと叫びはじめる。わたしの髪を巻き上げ、するりと去っていった。わたしはすう、と息を吸い込み喉を震わす。

「椿の花びらは、風に舞わないんです。枯れるときも、花がぼとりと落ちる」
「……」
「それが酷く、わたしに似ている気がして」

隣にいる潮江先輩はじっとこちらを見てきた。暫くの沈黙の後、潮江先輩がだが、と口を開いた。びゅおおと風が吹き、何とか潮江先輩の声を拾う。

「椿の花は、寒くとも力強く咲いている。椿の花がお前に似ているのなら、お前は強い」

ごうごうと吹く風の中でも、潮江先輩の声はしっかりと聞こえた。花びらは舞うことも出来ず、ぼとりと死ぬ。潮江先輩は、理解していない。そう思ったが強いと感じてくれるとは思いもよらなかった。じわりと目許があたたかい。それを悟られたくなくて、立ち上がり先輩に背を向けた。

「潮江先輩」

すきでした、のかわりにさよならと言って、私は走りだした。見慣れた学園も、あまり好きじゃない金木犀の香りも、何もかもが私にさよならと言っているようで。風にのってナマエ、と聞こえた気がしたけれどとうとう潮江先輩は最後まで私の名前を呼んではくれなかった。

(さらば親愛なる私の心)


20111019
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