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私が想像していた早朝5時は、空気が澄んでて冷たくて、肺が洗われるようなそんなものだった。ただそれは、所詮家の窓を開けただけの世界だった。外に出れば、確かに空気は冷たいがなんだかどろっとしていて、あまり気持ちいいものではない。私の気分が沈んでいるせいかもしれないが。すうっと空気を吸っても重い。
景吾のマンションを出て5分ほどしか経っていないのに、胸が締め付けられるように苦しい。彼よりはやく起きるのは初めてだった。いつもは小さな物音でも起きる彼が、私の前ではすっかり熟睡してしまうのが嬉しかった。それでも臆病な私は、どうも景吾と自分に社会的身分格差を感じて、こうやって逃げてきたのだ。机に「鍵は郵便受けに入れておくね」と置き手紙をして。メモを残すらへん、我ながらガキだと思う。ボロボロなクマさんのキーホルダーがついた鍵は、郵便受けの中で震えているに違いない。
住宅街を抜けたら、いよいよ本格的に苦しくなってきた。景吾の呪いだろうか。いや、そんなわけない。その場に立ち止まって、胸のあたりを握りしめた。ひゅうひゅうと喉が悲鳴を上げる。早朝で車ひとつない道路には、信号のちかちかする点滅と私の呼吸音しかいなかった。

「馬鹿だな、お前。」

ひゅうひゅうと締まる喉がスッと楽になった。振り返れば当然のごとく景吾が立っていて、安堵から涙が溢れてきた。景吾、と呼べば両腕を広げてくれる。私は堪らず飛びついた。すうっと肺をみたしたのは早朝の重い空気じゃなくて、彼の匂いだった。

「本当に馬鹿な奴だ。」

荷物も部屋に置きっぱなしで、中学生の家出かよと呆れる彼に、ごめんねと謝れば額に何かがコツンと当たった。顔を上げれば、ボロボロなクマさんのキーホルダーがついた鍵がそこにいた。

「お前のだろ。」

下らねえこと考えてねえで、お前は俺の所に帰ってくればいいんだよと言う景吾は溜め息をついて、私の額に口づけた。ごめん、ごめんねと謝る私を強く抱き締めて何度も口づける。景吾は魔法使いみたいだと告げればどうでもよさげな顔をしてそうかよと呟いた。

「帰るぞ。」

お前が隣にいないと寝れねえ。その言葉に私がどれだけ救われるか、景吾は知らない。


20140829.
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