季節は冬。日も落ち暗く静かな世界に足音を響かせ、少し大切そうに左脇に紙包みを下げながら、小さく歌を口ずさむ。

吹き抜ける風に少し震え、コートの前を押さえるとなんだか違和感を感じた。思わず耳を塞いでいたイヤフォンを外すと、風が止んだ。

…いや、風だけではなく音そのもの、世界そのものが止んでいた。

なんだこれは、そう口にしようとした瞬間足元からごぽごぽと黒い液体が溢れ出し、避けようと駈け出すも液体に足を掴まれ、膝をつく寸前で全身を液体に包まれて視界がブラックアウト。慌ててもがくもスライムの中にいるような感覚に嫌悪を感じ、仕方なく地面もない中をふよふよと浮くことに落ち着く。そういえばこの前見た映画にこんなシーンがあったような、なんて場違いなことを考えつつ、紙包みを大切に抱き寄せた。

視界が黒い以上端末で解決方法を探索、は当たり前だが、周りの状況も把握できず八方塞がり。エイトシャットアウト、なんてネタをかます余裕はまだあったらしい自分にため息をつく。しかし一体どうしようか、この状況。思わず手元の紙包みの中身を思いぽつりと溢す。


「スタンド攻撃なら私に打つ手は無し、the end…ってわけか。スタンドを持ってない自分を恨むぜ」


格好つけて見えもしない空を仰ぐと、きらりと、星のような輝きが視界の端に映った気がした。ぐぐ、と目を細め何かあるのかと見極めようとすると、光が見えた先から手が伸びてくるのが見える。……手?わけも分からずこちらに向かって差し伸ばされ、目の前まで来た手にちょんと触れると、しっかりと手首を掴まれこの空間から引きずり出される様な感覚に襲われた。あまりの急展開に頭がついていかず、ただただ落とされませんようにと、手を握り返すとずるりとスライムから引っ張り出され、その勢いのまま誰かの胸元へと抱き込まれた。


『大丈夫かあんた!怪我はないか?さっきのは一体?』


捲し立てられる言葉と声に驚き、抱きとめてくれた人の顔を仰ぎ見ると唖然としてしまった。なんだこれは、デジャヴのような言葉を溢し、その人物…おそらくジョセフ=ジョースターから思わず距離をとる。


『待ちな!物騒なことは考えるんじゃあないぜ、俺は敵じゃねえ。むしろお前を助けた方だ、分かるか?』


「分からない。まず言葉が、次に状況が」


そして目の前の彼が何故ここにいるのか


きょろりと周りを見渡すと家までの道など欠片も無く、異国の街並みが広がっておりさらに唖然。

英語でぺらぺらと何かを喋り倒しているジョジョ…なのだろう、を頭の隅へと追いやり頭をフル回転させる。

ここは恐らくニューヨークかローマ、ベネツィア、ジョジョのルックスから判断するに二部辺りで、シーザーは、今は何話だ、事実と憶測を並べようとするもあまりにも多すぎる疑問が頭の中を飛び交い考えがまとまらない。

仕方なくまだ何かを喋っているジョジョに向かって、手をかざし、分かる限りの簡単な英語で彼へと質問、いや説明を投げた。


『私はリクです、助けてくれて感謝しています。突き飛ばしてごめんなさい、状況が把握できなかったのです。そのためにあなたに幾つか聞きたいことがあります。いいですか?』


日本人らしいかしこまった英語に彼はぺらぺらと喋るのを止め、先ほどとは違いゆっくりと話してくれた。

ここはベネツィア、彼はジョセフ=ジョースター、今は夜の10時、黒い液体は彼の前に突然現れたらしい。外を歩いていたのはたまたまか。

私はリク、日本人…では無くなっていた。髪の色はブルネットのような栗毛に、顔の彫りが少し深くなり、まるで別人の顔を見ているようだと、静かに手鏡をしまった。

きていた服はあちらのものをそのまま着ており、抱きかかえていた紙包みはぐしゃぐしゃに皺がよっていたが、中身に別段損傷はなくため息をつく。


『ありがとう、ジョースター。おかげで少し落ち着きました』


『良いってことよ〜 俺の冤罪も晴れたし、こんな可愛い子ちゃんを助けられて身体をはった甲斐あったってもの!』


星が飛んでそうなウインクを飛ばされ口笛を吹きそうになったのを我慢し、お礼にと頬にキスを返した。ちらりと視線を合わせ、にへらと笑うと、ジョジョは嬉しそうに私を抱き上げてくるくると回って見せる。

ジョジョの背中側から近づいてくる男に気がつくと、回るのを止めるように頼み、その男にも同じように笑って見せた。


『おいJOJO。休みを取らずに外をうろついているなんて、些か気が抜けているんじゃあないか』


『シーザー!気が抜けてるわけじゃあねえよ。こいつの声が聞こえたら、困っていたから手を貸したやったわけ。シーザーちゃんがいつもしてることだろ?』


『ああ、女性が困っていたなら僕は進んで助けるさ。…後回しにしてしまってすまないね、僕はシーザー。JOJOに絡まれるなんて可哀想に、お詫びといっちゃあなんだが、今度ご馳走するよ』


こちらはとろけるような甘い笑みを投げてくるのに、照れたような顔でそっぽを向き、ぱたぱたとジョジョの背中へと隠れてみた。

ちらりと覗いて見てみると、シーザーは少し驚いたようにジョジョを見ている。


『これが恩人とその友人の違いってわけさ!シーザー、こいつとのデートは諦めな!』


ちろりと舌をのぞかせくすくすと笑って見せると、シーザーは呆れたようにはにかみ、手を差し出してくる。


『愛らしくいじらしい天使。良ければその姿をもう一度、僕の前に見せてはくれないだろうか』


そう言ってリクの手を優しくつかみ、ジョジョの前へと連れ出すと、恭しく手の甲へとキスを落とした。

胸焼けがしそうになるくらい甘い台詞を、こうもつらつらとよく出てくるなぁ。

さっと手を引いて、またくすくすと声を漏らしひとしきり笑っていると、ジョジョとシーザーが安心したように呆れて笑いあっていた。


『落ち着いたか?俺らのkitty』


「大分落ち着いた、ありがとうね。気い使ってくれて」


お礼にと手を差し出すとジョジョの顔がきょとんとしていた。


「どうかした?」


『…あんた、英語喋れんじゃねえか。なんで話せないふりなんかしてたんだ?』


あっ、と声を漏らすとジョジョは少し警戒を強めたようにこちらを見やる。

ぽつぽつと何かを呟いてみるも、私はさっき確かに日本語を話していた。今だって話しているつもりだ。加えて言うならばシーザーの甘ったるい台詞も全て理解できていた。あれは英語のはずだろう?ならこれは一体なんだ


「私は日本語を話している」

『私は英語を話している』


日本語と英語のつもりで呟いてみるもはあ?とジョジョが声をあげた。


『あんたが今話してんのは英語だろ?頭でも打ったか?』


「…打ってないよ、今だって私は日本語を話してるつもりなんだから」


はあ?とまたジョジョが眉を寄せると、押しのけるようにシーザーが前へと出てきた。


『君はここの出身じゃあないのかい?』


「日本だよ、日本生まれ日本育ちの生粋のジャパニーズだった」


『…だった?』


「うん」


まあ察するに特典というやつだろう。しかしまあ、さて、どうやって説明して乗り切って生き残ろうか。設定を固めて、嘘は言わずに、真実を隠しつつ事実を喋らなくては。例えジョジョとシーザーに信じてもらえても、そこから先どうすべきかが読めない以上、迂闊に喋るのは得策じゃない。…うーん、難しいな

これ以上引き延ばすのも警戒を深めるだけなので、仕方なく口を開く。まあ定番の言い訳になるだろうが仕方ない。


「一つ…確信が持てそうだから質問してもいいかな。…今は西暦でいうと何年にあたる?」


『1939年だよ、1939年2月6日だ』


「あー…やっぱりかぁ、国が違うにしてはちょっと古いとは思ってたんだよねぇ…」


律儀に答えてくれたシーザーに苦笑を漏らし、皮肉そうに笑ってみせる。


「私は多分、未来から来たんだよ」













この年に二人が知り合っていて仲が良さそう、そしてここはベネツィア…ねぇ、やっかいな時期に来ちゃったなぁ。思っていたより時間がないらしい。