「……正直、悪かった。いきなりあんなことして」
「……いや、まぁ、その、……こちらこそ申し訳ありません」

 寝台の上、全裸の男が二人、正座しながら頭を下げて謝罪しあっているこの状況、謎過ぎる。
 夢のような(寧ろ夢であって欲しかった)一夜が明け、酒で記憶を失くすなどという都合のいいことも勿論なく、鮮明かつ鮮烈な昨夜の記憶にお互い気まずさを拭えないままに向き合ってそろそろ一刻。先に重い口を開いたのは李典様の方だった。
 二日酔いになのか自身の昨夜の醜態になのか、額を押さえながら頭を悩ませている様子の李典様は、寝癖に鳥の巣と化している頭髪を緩慢な動作で掻き回すと、照れと羞恥にだろうか、薄らと頬を染めながら謝罪を口になさった。
 仮にも目上に当たる人に先に謝罪させてしまった、と自分の非礼に気が付いたのは、か細く溢されたその台詞に合わせるように頭を下げてからだ。色々と遅すぎる。後悔先に立たずとはこういった状況を言うのかと、ぼんやりとしているのに妙に冷静な頭でそう思う。「謝んなよ」。拗ねたような声音で溢された言葉に下げていた頭を上げると、声そのままの表情をした李典様がこちらを見ておられた。

「……お前が謝ったら、後悔しちまうだろうが、俺が」
「……申し訳ありません?」
「だーかーら、謝んなっての。つーか、昨夜のことでお前に非はねぇよ。どう考えても俺のせいだろ。……色々と」
「はぁ、じゃあ、ええと……ありがとうございます」
「……謝られる覚えもないけど、感謝されることした覚えもないぜ、俺」
「成り行きはともかく、気持ちよかったので」

 昨夜の一連の流れを反芻して、思ったことを素直に告げれば、李典様は更に顔を赤くなさったまま黙り込んでしまわれた。……あれ、私はまた何か間違ってしまったのだろうか。謝罪も駄目、感謝も駄目、ではどうすればいいのかと無い頭を捻って考えた結果、辿り着いたのは沈黙だった。

「…………」
「…………」
「………………」
「………………なんか喋れよ」

 貴方は一体私にどうしろと。
 謝罪も駄目、感謝も駄目、捻り出した沈黙という選択肢も潰されて、いよいよ出来ることの無くなった私は、えー…、とただただ声を漏らし視線をさ迷わせるしか出来ない。
 再び居心地の悪い気まずさに支配された空気に、裸のままの体がそわそわと落ち着かない。向かい合った位置関係上、嫌でも目に入る李典様の身体は元々日に焼けない質なのかどこもかしこも真っ白で、腕や胴には昨夜は気付かなかった古い傷跡が幾つか見てとれた。「……あんま、じろじろ見んな」。恥ずかしそうにそう言った李典様が僅かに身を縮こまらせる。随分と今更な反応だ。男同士、しかも酒の勢いとはいえ散々しゃぶったりなんだりして何度も出したり出されたりした相手を前に、今更羞恥もへったくれもあるまいに。

「……ひとまず、服、着ましょうか」
「…………おう」
「ああでも李典様の下履きそのまま何度か出しちゃいましたからぐちゃぐちゃのカピカピですよね、どうしましょう」
「っお前ちょっとは考えてから言葉にしろ!馬鹿!」

 本当に困ったことだから口にしたのだが、どうやらこの発言もいけなかったらしい。李典様から飛んできた枕が頭を直撃して、昨夜酒を一気飲みした時のように視界が揺れた。
 これでも精一杯考えてるつもりなんですがね。すみません、馬鹿で。