黄佳は相も変わらず毎日庭の緑にご執心で、李典はそれを眺めている。

 黄佳が李典の存在を気にし出して挙動不審になり始めたら終わりを告げる、当初はろくに会話も無かったその時間が、黄佳が李典の存在に慣れるにつれて段々と伸びていって、黄佳がちゃんと自分の顔を見ながら喋ってくれるようになった時には李典は感動のあまり叫び出しそうになった。
 なかなかなつかない野良猫を手懐けたような、ずっと欲しかったものを手に入れた時のような、そんな言い知れない達成感と満足感があったのだ。

『李典は黄佳がのこと好きだか?』

 許チョがそんなことを言い出したのは、黄佳が樹木の手入れをしているところを眺めている李典の姿を偶然にも目にしたからだった。

『黄佳は人付き合いがちょっとだけ苦手だからなぁ、李典が黄佳を好きになって、友達になってくれたんなら嬉しいと思っただよぉ』

 ふくふくの丸い顔に満面の笑みを浮かべてそう宣う許チョに、李典は「黄佳が好きだ」と即答することが出来なかった。“好き”というたった二文字のその言葉が、喉に貼り付いたかのように口から出てこなかったのだ。いくら吐き出そうとしても出てこない言葉の変わりに、かっと顔が熱くなるのを感じて、なおのこと李典は困惑した。

 ――――いや、だって、こんな、……まさか。

 間違いであってくれと何度も思った。けれども、何より自分の鋭い直感が――もはやそんなもの関係ない位に全身という全身が、その考えが間違いではないことをはっきりと示していたのだ。

 黄佳に会うのが毎日楽しみで、会えない日は言い様のない寂しさを感じた。
 誰かが会話の折りに黄佳の名を出した時、知らず知らずの内に聞き耳をたてる癖がついていた。
 あんなに穏やかだった黄佳を眺めている時間が、楽しそうに緑に触れる黄佳を見ていると邪魔をしたくて仕方がなくなった。
 そのうち黄佳の手に触れられる樹木が羨ましくて堪らなくなって、自分が植物に嫉妬していることに気が付いたその瞬間、李典は自分が黄佳に対して抱いているこの感情が、単なる庇護欲や失ったものへの憧憬からくるものではないのだと自覚した。
 許チョに『黄佳が好きか』と問われた時、それに即答出来なかったのは許チョの問うたそれが友愛の『好き』であったからだ。自分でも気付かなかった感情が、それは間違いであるのだと咄嗟に口にすることを拒んだ。

 李典は、いつの間にか黄佳に恋をしていたのだ。
 それも、どうやら取り返しのつかないところまで。

 李典は自覚してしまった。“触れられたい”という欲求が、叔父が自分にしてくれたように、頭を撫でたり抱き上げたり手を繋いだりという触れ方では満足しえないことに。
 そんな触れ合いを望まないわけではない。花を撫でるように頭を撫でられて、葉の様子を確かめるように手を握られて、抱き締められて、そんな触れ合いだって実際に出来たら天にも昇るような心地がするのだろう。
 けれど――――そんな触れ方では満足できない部分があることを、李典はもう知ってしまった。気付いてしまった。

 ――自分は、黄佳に抱かれてみたいのだ。
 黄佳の指が自分の体に触れて、あられもない箇所を探って、暴いて、荒らしてくれることを望んでいる。女を抱くかのように優しく自分に触れてくれるのを想像してしまう。女には出来ないような乱暴な扱いをしてくれることを夢想してしまう。

 李典が黄佳に抱く感情は、激しい肉欲を伴った、恋慕の情であったのだ。

 ――あんた、綺麗な指してるよなぁ。

 だから、酒の勢いで踏み込んだその一歩が、自分にとってはとてつもなく大きな一歩であっても黄佳にとっては大した一歩では無かったと知った時の李典の落胆といったらなかった。
 李典自身でも知りえなかった、少なからず異質であろう性癖を露呈してもなお以前と変わらない付き合いをしてくれる黄佳の性格は確かに救いではあったが、かといって何も意識されないというのもなかなかに酷な話である。
 人付き合いの薄さ故なのか、元々の性格故なのか、黄佳の反応はあまりにも淡白すぎて、そのあまりに希薄な反応に李典は最初こそ黄佳は全てをなかったことにしようとしているのかと思いもしたが、二度目の誘いにもその次の誘いにも、黄佳は二つ返事で頷いて、なんの抵抗もなく床を共にしたのだから余計に黄佳が何を考えているのかわからなくなる。
 それでも李典は、誘いを断られないことに安堵して、行為を拒まれないことに喜んだ。例えそれが単なる惰性であったとしても。