李典が黄佳と初めて出会ったのは――正しく言えば、初めて黄佳という人間をきちんと認識したのは、曹操が黄巾の残党を手下に加えてから一月程たった頃のことである。
 その日の黄佳は庭園の木の手入れをしていた。……否、その日だけではない。李典が黄佳を見るのは、いつだってその手を草木に伸ばし、何事かを語りかけている時だった。

 木に新芽が出れば水を撒きながら「おー、新しい芽が芽吹いたか、元気に育てよー」。
 花が蕾んでくるとそれを撫でながら「べっぴんさん、見事に咲いて皆を虜にしてやれよ」。
 花が散れば枝葉の伸びを整えて「お疲れ様、また来年までおやすみ」。

 李典が知る黄佳は、まるで生きた人間を相手しているかのように樹木を慈しみいとおしむ、少し変わった男だった。

『城に来てまで庭弄りなんて、あんた、よっぽど植物が好きなんだな』

 李典が初めて黄佳に声をかけたのは、花の時期を終えた草木の剪定の最中のことだ。暇さえあれば城内の草木という草木の手入れをしていた黄佳はその日も当然のように庭師の手伝いをしていて、そのあまりの馴染みようは殿が黄佳の働きを見て「腕のよい庭師が入ったのだな」と口にするほどだった。
 その時の黄佳の返答も「はぁ」と気のないものだった気がする。
 暢気というかおおらかというか、そういった気質の者が多い許チョの仲間にしては随分と愛想のない奴だと思っていた。その時の李典は、作業の邪魔をしたせいで黄佳の機嫌を損ねたのかと思って直ぐ様謝罪をしたのだが、

『すみません、私、昔から人見知りなもので』
『は』

 よもやのこの返答には面食らった。
 毎回毎回、見かける度に植物相手に饒舌にも程がある喋りを見せていた黄佳がこう言うのだ。その言葉が信じられなくても無理はない話だろう。
 だがしかし、植物相手の饒舌ぶりを知る李典でも、気まずそうに目の前の緑を見つめたまま喋る黄佳の口振りや、指先で忙しなく葉を弄り続けるその仕草から、それが真実なのだと信じざるをえなくなった。

『初対面の方とか普段付き合いの無い方だとどうにも上手く話せなくてですね……気を悪くしたわけではないので、それだけは、はい』
『毎日あんだけ植物相手に話し掛けてんのにか?』
『植物は嘘をつきませんし……ってご覧になってたんですか』
『そりゃ、毎日庭先でぶつぶつ独り言言ってる奴がいたら……なぁ』
『誰ですかその不審者』
『いや、お前だろ』

 ――この一件から、お互いに見かける度に会釈ぐらいはするようになって、時間が合えば緑と戯れる黄佳の姿を李典が眺めるようにもなった。
 人見知りのせいもあるのか、やはり黄佳は人より緑と戯れている方が多く、仕事が無い時はいつも一人庭先で植物相手に話し掛けていて、季節が一巡しても、二巡しても、いつも黄佳は一人で庭にいた。
 李典は、そんな黄佳がなんだか放っておけなかったのだ。
 葉の落とす影に隠れる長い指。花を包む大きな掌。日によく焼けていて、爪が短くて指がごつごつと節張っているその手が、昔自分を可愛がってくれた叔父のものによく似ていて、それがさらにそのお節介な感情を手助けした。

 植物が好きな変な奴。
 李典の黄佳に対するその印象が変わったのは一体いつ頃からだっただろうか。