「そういうわけで、俺まだ李典様のことそういう意味で好きなのか、ちゃんとわかってないんですよね」
「あんだけ好き勝手ヤりまくっといてそれかよ……」
「愛が無くても溜まるもんは溜まるし、溜まってりゃヤりたくなるのが男ってもんでしょう」
「……お前、ほんっとに情緒ってもんがねぇよな」

 もうちょっと言いようがあんだろ。そんな台詞と共につねられた頬が痛い。
 もう何度目かも知れない二人で迎える朝だ。あの日と同じ宿、同じような状況で、けれども今日はどこか違った空気が流れているのを肌に感じる。「……動けます?」。乱れた寝台の上、俺の隣で俯せの姿勢のままぴくりともしない李典様に問い掛けてみると、「むり」と簡潔な否定の言葉が返った。

「まぁそうですよね、一晩中あれだけずっこんばっこんヤりまくってたら、そりゃあ、」
「あはははは、なーんか今すっげぇイラッと来ちゃったよ俺ぇー?」
「りへんひゃまいひゃいれふほっぺふままないれくらひゃいいひゃいいひゃいふみまへんろめんなはいっ」

 いつも通りのうっかりを装って半分ほどからかいを含めてみた言葉は、李典様お得意の勘に軽く見破られてしまったらしい。先程の倍以上の力でつねられ始めた頬に堪らず情けない声で降参を示すも、その程度の謝罪では乾いた笑いを浮かべる李典様の怒りを鎮めるには足りないようだ。
 頬の肉を引きちぎらん勢いの指の力にいよいよもって耐えられなくなり、その手を無理矢理引き剥がせば追い討ちのように鼻で笑われ、肉体的のみならず精神的打撃まで受けるはめになった。冗談は時と場合と相手を選ぼう。本当に。
 じんじんと痛む頬を擦りながら身を縮こまらせていると、肘を突いて頭を支える格好をとった李典様は、「で?」とやや拗ねた声音で問い掛ける。

「それで結局お前はどうしてぇの?」
「……どう?とは?」
「だからこう……わかるまで考えたいとか、面倒だから今までの全部なかったことにとか、そういうことだよ」
「考えてもわかる気がしません」
「……なんでそんなとこは潔いんだよ、お前」
「あと、なかったことにするつもりならあんなにヤりません」
「…………あ、そ」

 俺の返答を聞いて、李典様はどこか安堵した様子で組んだ腕に顔を埋められた。隠しているつもりなのだろうが、耳が赤いことを自覚されているんだろうか。それを言えばまた頬をつねられるような気がして、鳥の巣になっている癖毛を撫でて自分を宥めた。
 指に巻き付けて、ほどいてを繰り返し、毛と毛が絡まないように、引っ掛からないように、最大限の注意を払いながら頭を撫でる。
 くるくると弧を描く、柔らかいのに芯のある不思議な毛並み。一度ひどく荒らしたせいで怒られたことのあるこの茂みに、触れることを、けれども李典様から拒まれたことは一度もなかった。俺の手に撫でられて心地良さそうに表情を和らげる李典様に、掌を毛先で擽られるような、そんな心地が胸に染みる。心底安心しきった、無垢な赤子のような表情だ。

「李典様」
「ん?」
「俺、頭悪いんですけど」
「……お、おぉ……、で?」
「最初は正直流れでしたけど、李典様とまぐわうのは今までの誰より気持ちよかったし、李典様の頭に触れるのを許されていることを嬉しいと思うし、一緒に寝るのは一人で寝るより安心するし……最近だと朝が来るのが残念だと思ったりすることもあるんですが、こ、」

 ――――これって、つまりはそういうことだと思っていいんですかね?
 ここ最近、常に頭を巡っていた考えを吐露して最後に問おうとした言葉が、最初の一文字でがつんとぶつけられた唇に塞がれた。
 前置きも心構えもない、文字通り勢いだけの接吻にぶつかった歯が痛い。それは李典様も同じだったのだろう、二人して口を覆って暫し痛みを堪えていれば「ああもう、」と先程の比でない位に顔――最早耳から首までもを朱に染めた李典様が投げやりにそう呟いたのが聞こえた。

「……お前って奴は、ほんと、あー…くっそ……!」

 動くのは辛い筈の身体をじだじだと捩りながら身悶えする李典様の反応から察するに、俺の問いかけに対する答えは……つまり、そういうことで合っているらしい。
 徐々に壁際に縮こまりながら、ぶつぶつと何事かを呟き続けている李典様の言葉は生憎と俺の耳には届かない。けれど、俺に対する不平不満の言葉なんだろうなとは容易く予想がついた。

 ――さて、どうすればこの可愛い人の機嫌は直るだろうか。

 少しだけ考えてから今度は俺から接吻をおくってみると、李典様はただでさえ赤い顔を更に熟れた鬼灯のように真っ赤にして、「……お前、俺の反応面白がってるだろ」と唸るように呟きながら睨んできた。

 なんだ、やっぱり気付かれてたか。