自分と誰かを比較されることやその影を重ね合わされることは、気分としてはけして快いものではないだろう。それが相手にとって偉大な人であればあるほど、その重圧は重ねられた者に大きくのし掛かってくるし、今まで積み重ねてきたはずの好意や信頼が裏切られた気分にもなる。それが親しい仲だと思っている相手から言われたことならばなおのこと。
 何が言いたいのかというと、つまり、誰かの代わりに愛してるだなんてふざけんじゃねぇよという話だ。

「……叔父貴の手に、さ、似てんだよ、お前の手。手の厚さとか、指の感じとかがさ」
「……へぇ、そうなんですか」

 飲みに行こうぜ、と誘い出された店で腹を満たし、ゆったりと杯を傾け始めてから幾ばくか時間も経った頃合いのことだ。今となっては随分と今更なことを、それでも聞いたのは単に話題がなかったからなのだが、聞かなければよかったと答えが返ってきてから後悔した。懐かしそうな瞳に僅かばかり切ない気持ちを覗かせて私の手を見る李典様に、口に含んだ酒が途端に味を失くす。どろりと胃に沸いた何かが酒と混ざり合う心地に吐き気がした。
 李典様の叔父御は、昔の戦で張遼殿に討たれたのだと何かの話の折に聞いた覚えがある。それ故に李典様と張遼殿は折り合いが悪いらしいとも。李典様が張遼殿にそれだけ根の深い憎悪を抱くということは、即ち、李典様がその叔父御にそれだけ深い情を抱いていたということだ。勿論、それは憧憬と敬愛という意味での情であった筈――だと、信じたいが。
 家族や親類縁者を大切に思う気持ちは理解出来る。だが、そこに比較という二文字が入った途端に家族愛に対する微笑ましい気持ちは消え失せ、仄暗く鬱々とした何かが腹に満ちた。
 ひどく、面白くない。
 その感情がなんなのか、わからない程に馬鹿ではないつもりだ。だがしかし、理由を知った今それを素直に認めてしまうのも癪で、かといってふつふつと沸き上がる感情に自然と眉根が寄ってしまうのを止められない。感情そのままの表情に気付かれたのだろう、私の顔を見た李典様が何かを察したようににやりと笑まれた。嫌な予感にうなじが粟立つ。

「お前、妬いてんだろ?俺がお前と叔父貴を重ねて見てんじゃねえかって」

 ――図星だ。ぐうの音も出ない程に。

 羞恥にか、それとも図星を突かれた気まずさにか、かっと顔に集中する熱を誤魔化すように酒を流し込む。向かいから伸びてきた李典様の手が私の頭に触れ、小さな子供にするようにぐしゃぐしゃと頭を撫でた。全く慰めになっていない。寧ろ逆効果だということをこの方は理解されているのだろうか。杯のふちを噛んだまま手の主をねめつければ、何が可笑しいというのか李典様は至極愉快そうに喉を鳴らしておられた。

「……確かに目に留まったのはそれが理由だけど、似てるってのはあくまできっかけだぞ」
「………………」
「あ、なんだよその顔。……まぁでも、例えきっかけだとしても『誰かに似てたから』ってのは、気分よくはねぇか」
「……そうですね」

 さらりと、毛先を滑らせるようにして李典様の手が離れていく。その動作がやけに艶かしく、名残惜しそうに見えて、咄嗟に視線がその指先を追った。先程までにやにやと嫌な笑みを浮かべて私を眺めておられた李典様が、ふと、その瞳を僅かに細められて――その表情が、あの夜の表情とそっくり同じものだと気付いてしまった瞬間、あの日の再現のように、私の手から杯が滑り落ちた。

「――――あ、」

 からん、と音を立てて転がった杯が、李典様の手によって捕らえられる。私の手は溢れた酒にやはり濡れていて、卓上に広がりゆく酒を拭わなければと、布巾を頼もうとした動きを、李典様の手が止める。
 あの日と同じことの繰り返しに、背筋が戦慄く。

「李典様、」
「……あの日のこと、お前は酒の勢いとか思ってんのかもしれねぇけど」

 掴まれた指先が、熱い。酒に濡れた指先が熱いものに包まれる感覚は、行為の最中の李典様の口内を彷彿とさせる。頭がくらりと揺れたのは酒のせいだろうか、伝わる熱のせいだろうか。
 引かれた手に、李典様の唇が触れる。それなりに人もいる店内でこんな真似はするもんじゃない。そう理性ではわかっているのに、身体はぴくりとも言うことを聞こうとしない。

「……りてん、さま」

 李典様の瞳のように潤んだ声音に促されたように、赤く濡れた指に舌が這う。
 舌先が指を這う感触に――ぞくりと、背筋が粟立った。

「叔父貴とかダチ相手に――――こんな真似、しねぇよ」

 その言葉が、声が、表情が、孕む熱が何を意味しているのか、やはり、わからない訳では、ないのだ。