小さい頃、自分は成長したら女の人になるのだと漠然とそう思っていた。元々自分の家が女系で、小さい頃から周りに女性だらけだったこともその意識を助長させた理由のひとつかもしれない。
 身近に溢れるふわふわのぬいぐるみやフリルにレースの可愛い洋服。遊びといったらおままごとやお人形遊び。
 近所の男の子達が皆一様に外を駆け回り泥だらけになって遊んでいる中、女の子に混ざって遊ぶ自分を、彼等は『女男』『オカマ』などとひどく馬鹿にしたものだけれど、そんな彼等を私は「あんなに粗暴な人間は将来可愛くない女の子になって嫁入りに苦労するに違いない」とよくわからない上から目線のませた考えで一蹴したりしていた。まごうかたなき黒歴史である。

 成長して男子と女子の性差というものを知るにつれ『いずれ女の子になる』という意識は消えたものの、けれど、女の子のような嗜好と思考は消えることはなく、私を形作る根幹として今もこの身の奥深くに強く根付いている。
 だがしかし、子供とは純粋故に残酷な生き物で、個性と言いきるには強すぎる女性性を持った私は、彼等に『異端』として蔑まれ、迫害を受けるに至った。
 自身が紛れもない『男』であることを自覚するのに丸三年。奇異と迫害の目をはぐらかし、自身の性を『個性』として周囲に根付かせるのにもう三年。そこから一年の時を経て、私は初恋と共に自分の性というものを自覚するに至った。

 当時中一の私が恋したのは、在籍していたバスケ部の主将だったのだ。

「玲央は可愛いねぇ」

 彰の声はいつだって砂糖菓子のように甘い。初めて声をかけられたその時から、まるで作りたての綿飴かホイップクリームのような、ふわふわした甘ったるい声だと思っていた。声だけじゃない。私の髪を撫でる指も、戯れのようにも貪るようにも触れてくる気紛れな赤い唇も、僅かな動きにさらさらと揺れる色素の薄い髪や日に焼けない白い肌でさえ、全てが匠の造形によって作り出された芸術的な細工物のようだと思う。
 彼に触れる時、或いは彼に触れられる時、その造形が体温で溶けて崩れてしまいはしないかと今でも時々不安になる。そんなことがある筈はないと、抱き締められている今もよくよく理解しているというのに、どうしても。

「玲央、おなかすいた?」
「……どうして?」
「飢えた獣の目をしてる」

 ふふ、と彰の唇から漏れた吐息は青リンゴの匂いがした。甘さだけではない、爽やかな酸っぱさが混ざった果物の香り。人工のものであるその香りは何故か強烈に食欲を刺激して、衝動のままに舐めた唇は匂いそのままの甘酸っぱい味がした。「今日はリンゴ味なのね」。男のものとは思えない、艶やかな赤い唇に吸い付きながらそう言えば、彰はまた擽ったそうに甘い吐息を漏らす。「肉食系の玲央にはフルーツじゃ物足りないかな」。薄いシャツ越しに白い腕が滑る妄想に、ぞくぞくと甘い疼きが下肢に走った。

「甘いものは別よ」
「太るよ?」
「どうせ運動するもの」
「……誘ってる?」
「どっちが」

 形作る笑みを無邪気なものから蟲惑的なものにかえた唇が、かぶりつくように重なってくる。滑り込んできた舌先に乗っていた飴を奪うように舌を絡ませて、溶け出した甘みの混ざった唾液を啜って。飴がなくなる頃に漸く離れた彰の唇は唾液でてらてらと輝いて、色とりどりのゼリービーンズを思い出させた。軽く食んだ下唇は柔らかい肉の感触を伝えるだけで、甘くもないし崩れてもくれない。わかっていたのに残念に思ってしまうのは、芯から彼に毒されている証拠なのだろう。

「彰」
「ん?」
「私、可愛い?」
「……可愛いよ」

 ――――嘘吐きね。

 髪や、爪や、日焼けや肌荒れはお手入れで綺麗にすることはできても、年々伸びていく背や逞しくなっていく骨格、筋肉の成長は止められなかった。男子の平均を軽く越える身長に、バスケのお陰で筋肉のついたごつい体付き。フリルにレースの可愛いドレスや、ふわふわのぬいぐるみなんて到底似合わなくなってしまった私に、『可愛い』なんて形容詞、似合うはずがないのに。
 さらさらの髪に白い肌の、砂糖菓子のような彰は、私より、余程『可愛い』とか『綺麗』という形容詞が似合う彰は、それでも私が問う度に当然といった顔で返すのだ。「玲央は可愛いよ」と。

「玲央は可愛いよ、俺なんかより、ずぅっとね」

 彰のその言葉がどうしようもなく嬉しいのに、同時に息が詰まるくらいに苦しくて、そんなことを言う彰が憎たらしくて堪らない。それがただの甘言だと、わかっていながらもその言葉に縋って溺れている自分が、殺してしまいたいくらいに憎たらしい。

「……ねぇ、彰」
「んー?」
「私、貴方が好きよ。頭のてっぺんから爪先まで、全部残さず食べちゃいたいくらい」
「俺、そんなに美味しそう?」
「ええ。……お砂糖で出来たお菓子みたいに、可愛くて、綺麗で、美味しそう」
「……んふふー」
「なぁに?」
「なんでもなぁい」

 彰は甘い。赤い唇から漏れる声音も、匠の手で作られたような精巧な見た目も、その全てを形作るなにもかもが砂糖菓子で作られているかのように甘ったるい。胸焼けしそうな甘さなのに、後を引く。一度口にしたが最後、もっともっとと際限なく求めてしまう彰の甘さは麻薬のようだ。
 瞼に、頬に、鼻先に落ちてくるバードキスにそっと目を閉じれば、ふふ、と楽しそうに笑った彰の吐息から、甘酸っぱいリンゴの匂いがした。