司馬子良は所謂『前世』の記憶を持ち合わせて生まれた稀有な人間である。
 彼の前世は労働基準法もなんのそのな立派な一社蓄であり、少ない休日と睡眠時間を丸ごとゲームとネット徘徊に費やす立派な廃人でもあった。彼の前世での死因がゲームをしながら歩いていたことによる不注意で階段から落下しての事故死、というところを知れば、この男がどれ程の男か理解できる事であろう。葬式では知人各位が「それでこそこの男だ」と納得した程の、まごうかたなき阿呆である。
 そんな男が転生したのは、なんの因果か彼が愛したゲームの世界であった。舞台は真・三國無双、ナンバリングは当時最新であった7の世界、しかもプレイアブルキャラの家族という立場である。それを子良が認知したのは再び生を受けてより三年の月日が経った日のこと、残暑厳しい秋の朝であった。


「……母上、」
「うん?どうしたの、子良」
「母上のお名前は、『張春華』?」
「ええ、そうよ」
「……父上のお名前は、『司馬懿』?」
「ええ、それがどうかしたの?」
「『馬鹿めが!』と『凡愚』が口癖で事ある毎に高笑いを響かせて家族から腰を心配される真・三國無双きってのツンデレキャラである司馬懿?」
「……無双と言える程の武闘派ではないし、『つんでれきゃら』というのが何かはわからないけれど、その司馬懿が貴方のお父様よ、子良」


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 気付いた瞬間は内心修羅場だった。
 生まれ落ちて数年、言葉の響きや環境から違う国の違う時間帯に生まれていたことには気付いていたが、そこに異世界、しかも一騎当千を謳い文句とする些かはっちゃけた設定の戦乱の世というオマケまでついてきたのだから当然のことである。
 子良は現代社会に生きてきた人間である。その意識には殺人に対する絶対的な倫理が強く根付いている。殺人は何より許さざる罪。それは戦乱に生を受け、これより先生き続けねばならない人間としては致命的な意識だ。
 さしもの子良も自分の鈍さに呆れたが、子良の不安を察知したのか抱き締めてくれた張春華のたわわな胸の感触に数秒で立ち直った。

 おっぱいは正義。
 これもまた子良の中に強く根付いている真理である。

 そこから数年、着々と築かれていく戦闘フラグに怯えながら紆余曲折を経て、子良は誰もが認める『気狂い』となった。これは子良が己を守るために選んだ策であり、ありのままに見せ掛けた絶対の防壁でもある。
 司馬子良は『気狂い』である。度々不明瞭なことを口走り、時に命をも危ぶむ奇行に走り、極稀にもたらされる天啓をその唇から滑らせる。
 理解しがたい存在を畏怖し、敬遠するのは人間としての性である。それを利用し、自ら他人を遠ざけたのは、子良が何よりもその先の喪失を恐れたからである。

 司馬子良は気狂いである。
 そうあることに、今のところ後悔はしていない。