肩に付くか付かないかといった長さのふわふわと波打つ明るい栗色の癖毛に、白い薔薇の髪飾り。紫に程近い桃色の着物は纏う者が跳ねるように動き回る毎にその裾を風に舞う花弁のように翻し、見た目の愛らしさを増長させている。長い睫毛に縁取られたやや垂れ気味の瞳は夜空の星のような無垢な輝きに煌めいて、快晴の空を眩しそうに見つめている。
 緑輝く庭園を上機嫌に鼻唄を口ずさみながら踊り歩くその姿を見て、ほぅ、と息を漏らしたのは彼の人物に侍る女官である。茶を用意するよう申し付けられた間に姿を消した主人を探し回り、そして今、漸くその目的を達成したところだった。
 部屋に置いてきた茶は、急須の中身も含めすっかり冷めきってしまっている頃だろう。人に用事を申し付けておいてそれを忘れて遊んでいるとはなんたる仕打ち、と憤りを覚えないでもなかったが、それよりも先に『あの方だから仕方がない』という諦めがついてしまうのは、ひとえにこれまで付き合ってきた短くない時間からの経験故である。
 緑の中を楽しそうに駆け回る姿を眺めながら、声をかけるべきか否か、判断しかねていた時だった。なんの前触れもなく足を止めたその人物が、ぐるん、と物凄い勢いで振り返ったのは。


「まさかの時のスペイン宗教裁判!」


 ――そしてこの反応である。


「……子良様、お茶のご用意が済みまして御座いますよ」


 鳥が羽ばたく寸前の如く、両手を斜め上に伸ばして手首を折り曲げ、片足で直立しながら意味不明な台詞を叫んだことには一切触れず、あくまでも冷静に用向きを伝えれば、そのままの姿勢で跳ねるようにして近付いてきたその人は「喉乾いた」と呟き、ぱたりと音を立てて翼を下ろす。「ええそうでしょうとも」。そう思っていたから私にお茶を用意するよう言い付けたのでしょう、とは続けずに、女官はその顔ににっこりと微笑みを貼り付けて、今度は忙しなく羽ばたき始めた主の背中を押した。


「奥方様から肉まんを頂戴致しましたから、部屋に戻って頂きましょう」
「そーらーをじゆうにっとーびたーいなぁー」
「天女ごっこと称して布を持って屋根から飛び降りるのはおよしになって下さいませね」
「れっどぶるーつばさをさずけるーうーぅーっ!」


 またもや意味不明な言葉を歌うように呟いて走り出した主の背を見つめ、女官はひっそりと今日何度目かわからない溜息をついた。

 母親譲りのふわふわと波打つ栗色の癖毛に、白い薔薇の髪飾り。紫に程近い桃色の着物からは甘い香の薫りが漂い、跳ねるような歩みに合わせてその裾を風に舞う花弁のように翻す。
 この見た目だけならば愛らしく可憐な少女が、真実どのような“少年”であるのか、彼を知る者は悉くが口を揃えてこう答えるだろう。

 名を司馬幹、字を子良。
 彼は『気狂い』である、と。