「……それではこれより、実地訓練を始める」


 白髪に白い装束のサムライ頭、ホープがそう宣言すると共に、俺を含む今年の新人サムライ五人が静かに姿勢を正した。
 アキュラ像の台座、鉄格子の向こう側に広がるナラクと呼ばれる地下空間。一般には決して解放されることのない、悪魔の蔓延るその空間は、サムライのみが立ち入ることを許された世界だ。
 ナラクという単語に反応したヨナタンが「ナラクといえば、悪魔の……」と呟く。それにワルターが「悪魔?」といかにもなんだそれはと言いたげな響きで返し、イザボーが何かを得心したように頷いた。
 お頭から言い渡されたのは、悪魔との実戦によるサムライのイロハの習得。知っていたこととはいえ、改めて他人の口から聞く「実戦」という言葉に震えが走る。
 300マッカと回復アイテムである癒しの水を5個渡され、商店の説明を受けたはいいが、正直、このお金はお頭の言うような旅支度のための軍資金というより、悪魔との交渉用の品と言った方が適切だ。

 ――そしてこの少ない物資は、恐らくはお頭が、ここにいる人間達の人となりを確かめるための道具でもある。

 カジュアリティーズとラグジュアリーズでは、金銭の感覚も違えばその使い方にも違いが出る。
 例えばワルターならば武器や防具といった自身の身体強化に金をつぎ込むタイプだろうし、対してイザボーは武器や防具を揃えるより先に回復アイテムやバッドステータス解消アイテムを購入する。ヨナタンは手持ちのお金や付近の悪魔とのパワーバランスを考えながら、バランスよく色んな物を揃えていくタイプと見た。
 ……フリンは、正直まだよくわからない。当たり前だが、ゲーム内での彼はいわばプレイヤーの分身なわけで、その意思はゲームをプレイする人間の性格に準拠する。武器を揃えるもアイテムを買うも、まずはナラクに入ってみるも、それは数多の選択肢が存在するわけなんだが。


「ナバール、君はどうする?」
「え?」


 自分の使い道より他人の使い道がどうこうと考えている間に、フリンとワルターは早々に何処かへ行ってしまったらしい。ヨナタンに声をかけられて引き戻された意識をそちらに向ければ、ヨナタンの傍らにいたイザボーが「私達、お頭の言う商店を覗いてみようかと思っていますの。折角ですから、貴方もご一緒しなくて?」と誘いの言葉をかけてくる。
 正直買うものがあるわけでは無いけれど、新人として店主に顔見せはしておくべきだろうか。二人の申し出に頷いて、肩を並べて歩き出す。自然とイザボーを挟む形になったのは別に意図したことじゃない。野郎の隣より女の子の隣の方がいいのは確かだが。


「……ねぇナバール、貴方はナラクやサムライの仕事について前から知っていましたの?」


 隣に並んで歩き出してすぐ、イザボーが俺を見上げながらそう問うた。


「は?なんで?」
「だって貴方、お頭が訓練について話している間、一人だけ妙に冷静でしたもの」
「……そりゃヨナタンだって同じだろ?」
「僕は少しだけ予備知識があったからね。悪魔やサムライの仕事についても、父から伝え聞いたことがある」
「ヨナタンはお父上が修道院に勤めておいでだと聞いたから、ナラクやサムライについて聞いていてもおかしくないし、心構えが出来ていても当然でしょう?」
「でも、俺はそうじゃない、と」
「君の家は確か……」
「服飾専門の商家。カジュアリティーズ、ラグジュアリーズ問わず手広く商売させて頂いてますよ」


 この身体に残る記憶なのか、考えるより先に反射のように口をついて出たのは恐らく真実なのだろう。ゲーム内ではラグジュアリーズという以外ナバールの家庭について触れている記述がなかった筈だが、ナバールの家はそういう商売をしていたらしい。
 ちなみに、ここでいうラグジュアリーズとはサムライの方々も含む。悪魔との戦闘のせいか、装備とは別に下に着込む肌着や普段着の類が大量注文されることがあったみたいだ。
 そういった繋がりからの情報だ、とこじつけてみれば、イザボーは素直に納得した。実際秘密厳守のサムライがそんな話したらクビどころか存在消されるんじゃなかろうか。
 流石にそれは考え過ぎ……いや、なんか有り得そうだ。大天使様こわい。