かつて自らも悪魔を率いて地下から押し寄せる悪魔の軍勢を退け、東のミカド国を建国したという原初のサムライにして初代国王・アキュラ王の石像は、今日も変わらずそこに在り、悪魔の蔓延るナラクへと足を踏み入れるサムライ達を見守り、鼓舞し続けている。
 どうやら俺は、初日だからと気張りすぎて随分早起きをし過ぎたらしい。早朝のアキュラ像広場の前にいるのは見回りのサムライと地方遠征のために用意された馬ぐらいで、話し相手はおろか生きた人間の方が少ない始末だ。
 ガントレットを弄って時間を潰そうにも、バロウズも仲魔もいなければまだ邪教の館アプリすら取得していない状態で一体何をしろというのか。俺自身のステータスを確認しておけってか。事前の確認が大事ですってか。それは俺の部屋に最強武器が置かれていた時点である程度の何かは察しているんですがね。

 ともあれ、現時点ですることがないのもまた事実である。トップからステータス画面を開き、俺の顔と名前が表記された欄をタッチして、画面に表示された文字の羅列を目で追う。


「……………………」


 予想はしていた。本来ニュートラルルートでのチャレンジクエストクリアによって入手フラグが立つ武器を所有している時点で、何となく予想はついていた。

 どうやらこのナバールは周回プレイ済みかつ転生プレイ中の人間だったらしい。
 なにこれ。意味がわからないよ。

 画面内の数値化されたナバールのステータスは、レベル、所持マッカ、所持アイテムは軒並みカンスト、ステータスは全て装備補正無しで300という、つい先日まで一般人だった人間のものとしては恐ろしいどころか有り得ない数値を叩き出している。魔法や特技に至ってはアンティクトンやらメシアライザーやら刹那五月雨撃ちやら……なんだこれ。二回目だが意味がわからないよ。
 いや、死亡フラグ構築だけはなんとしても避けたい人間として、これは僥幸といえば僥幸だ。よく考えなくても美味しい状態であることに変わりはない。これならば、少なくとも最初のボスモンスターであるアルラウネは楽にフルボッコ出来る……筈だ。最悪テトラカーン張ったまま助けが来るのを待つという手も……。

 そこまでをガントレットの画面を眺めながら悶々と考えて、俺ははたと気が付いた。
 そもそもカジュアリティーズフルボッコ計画の立案者である筈のナバールがイコール俺であるならば、その俺がなにもしなければ、そもそもアルラウネとの戦闘フラグすら立たないのでは、と。


「……そうだ、よく考えればわかることじゃないか」


 こうなった経緯も原因も俺にはわからないが、この世界のナバールが俺であるならば、ナバールがゲーム内で建築する筈の数々のフラグは、俺自身の手で破壊、もしくは建築自体を阻止することが可能なのでは。そうだ。無いフラグは回収も出来なければへし折る必要も無いじゃないか。
 なんだ、そうだ、そもそもフラグは立たない。つまり少なくとも現時点でもっとも懸念すべき死亡フラグは回避された!


「……なにか嬉しいことでもあったのかい?」
「ああそれはもう、俺は今この瞬間に新たな人生の第一歩を踏み出したと言っても過言では、」


 ない、までを言いかけて、そこで誰かに声をかけられたことに気が付いて振り返る。


「確かに、僕達は今日、サムライとしての第一歩を踏み出すのだものな」


 ――民のため、そして国のために働くための決意を新たにするというその心意気、素晴らしいよ。

 くるくると弧を描く癖毛に黄色いスカーフを靡かせながら、たった今眼前に存在する王子様然とした少年――――ヨナタンが、実に柔らかく爽やかな笑顔でそう宣う。
 やべえ、なんだこの美少年。
 画面で見るイラストとはまた違う、当たり前なんだが生きた人間としてのヨナタンは、現代で言うところの可愛い系アイドル的な、年上のご婦人方に可愛がられそうなタイプの美形だった。にっこり。そんな音が聞こえてきそうな模範的な笑顔が目に眩しい。


「君も新人のサムライだろう?僕の名はヨナタン。君は?」
「あ、あぁ、わざわざありがとう。俺は――――」


 自然な流れで行われた自己紹介と共に差し出された手を取ろうとして、一瞬、言葉に詰まった。


「……君?どうかしたのかい?」
「……いや、すまない。俺の名は――ナバールだ」
「そうか。同じ新人同士、これからよろしく、ナバール」
「……こちらこそ、よろしく」


 握手を交わそうとした瞬間、脳裏によぎった俺の名前を打ち消して、今の俺である名前を紡ぐ。俺の不審な挙動に、けれどもヨナタンは何も言うことなく、差し出した手を優しく握り返してくれた。

 俺の名は、ナバール。
 東のミカド国の富裕層、ラグジュアリーズの出身で、今日からサムライとなる、ナバールなのだ。