異世界トリップ、というものを御存知だろうか。神隠しと言ってもいい。厳密に言えば違うが、タイムスリップも類義語として含まれるだろうか。自分の生きてきた世界、時間軸から、唐突に別の世界、時間軸に放り込まれるという傍迷惑なあれである。原因や要因は話によって様々であるが、創作話としてありがちなのは『暇を持て余した神様の悪戯(もしくは不注意)☆』だろうか。ジーザス。


「……百歩譲ってトリップは許そう、ここが魑魅魍魎天使悪魔ゾンビその他諸々が拔扈する女神様が転生しちゃう人生ハードモードな世界であることも認めたくないが認めよう、だがしかし、だ、が、し、か、し!」


 俺が物語の主要人物になっとるとはどういうことですかな神よ!!しかも!!明らかな序盤で退場フラグが確定しているキャラクター、今期の儀式にて新しいサムライとなった若人の中で唯一の脱落者であり悪魔による精神崩壊の後に天使による楽園追放という名の死刑執行未遂まで行われる哀れな男、ナバールに!!!
 与えられた部屋のベッドの上で一夜過ごしてなお覚めない夢――夢だと思い込みたい――に、俺はつつかれたダンゴムシのごとく丸まって頭を抱えた。
 鳥がちゅんちゅんと囀ずる早朝、叫び声は枕に顔面を押し付けて自重したが、隣室の奴には多少聞こえていたかもしれない。今はどうでもいいが。全く理解しがたい現状を理解せねばならん手前、名前どころか顔も知らん誰かさんに気を使う余裕は全くもってないが!


「……死にたい、いや、死にたくないよ死にたくない死ぬの怖い。けどあれだろ?ナバールさんてあれだろ?ワルターと主人公に喧嘩吹っ掛けたふりして水面下カジュアリティーズフルボッコ計画したらアルラウネさんにとっ捕まってリアル死亡フラグ立っちゃうあれだろ?」


 ……いやだそんな人生……!!

 元々女神転生シリーズの登場人物は往々にして死亡フラグが影のように付きまとっているような人生だけど、それにしたって登場から『あ、こいつ死ぬな』っていうキャラクターにしなくたって。
 ひどいよ神様、俺今まで普通に生きてきたじゃないですか。こんなのってないよ、あんまりだよ、意味がわからないよ。
 生まれてこの方、神様に愛されはしなくても嫌われることをした覚えもない俺は、真剣に今、神という存在を恨む。神様の仕業じゃなかったらすみません。マジで。

 ――――こんな風に悩んでいても、悔やんでいても、時は無情に過ぎていく。今日は朝から実地訓練だ。サムライとして、これから成すべきこと、成さなければならないこと、その術をこの身に叩き込むための。
 部屋を案内された時に渡された、青いサムライの衣装に袖を通し、ホルスター付きのベルトを通す。渋めの緑色のスカーフを巻いてからガントレットを手に取り、左腕に装着する。儀式から開いたままのウィンドウは、トップ画面を開いたまま沈黙を保っている。ガントレットに住み着いている妖精は初試験まで姿を現さないつもりらしい。
 昨夜のうちに届いた、恐らくは私物なのだろう姿見の前で、サムライ衣装に身を包んだ自分を見る。そこに写し出されるのは、時代錯誤なリーゼント頭に顔付きだけは凛々しいナバールの姿だ。俺であって、俺じゃない、けれども確かに俺である、この世界の俺の姿。
 鏡の脇、年期の入ったローテーブルの上に置いたままの武器――制服と共に支給されたサムライの刀と、本来、地下の世界のとある場所で手に入る筈の小刀と銃を、それぞれ腰のホルスターに通す。
 初めて味わう、武器の重み。悪魔を――場合によっては人間さえも殺すために使うことになる、俺の、武器。


「……重てぇなぁ、畜生」


 腰に感じる重みよりも、その重みを手に、生きるために殺さなくてはいけないのだという現実が、その現実に放り込まれたのだという真実が、なによりこの身を重たくさせた。