ある日、夢を見た。

 色、音、漂う空気に至るまで、本当に自分がそこにいるかのようにリアルに感じられる夢だった。そのリアルな夢が夢だと自分でわかったのは、その空間全てが現実でよく見知った虚構の世界の物だったからだ。


『――オレは、ここで戦いながら、お前が来るのを待っている』


 悲鳴と破壊音が至るところから響き渡り、満ち溢れる生臭い血の香りが灼熱の風によって散らされる混沌の世界でそう言ったのは、力による変革の世界を望んだ少年だった。


『――僕は、ここで祈りながら、君が来るのを待っている』


 破壊された旧い支配者の像を背に、法の元の粛清によって無という名の秩序に沈んだ砂の海の中そう言ったのは、法による普遍の日々を望んだ少年だった。


『――“    ”、』


 二つの世界の狭間で、別たれた道を前に足踏みをしていた少年が、振り返って俺を呼ぶ。少年が口にしたのは現実の俺の名ではなかったが、俺はその少年が口にしたその響きに促されるように視線を合わせた。


『――“    ”……貴方は、こうなることを知っていたのね……?』


 少年の傍らで、同じように足を止めていた少女が、泣きそうな顔と声音でそう言った。取捨択一の道筋を前に、どちらの道にも進むことが出来ず、さりとてどちらの道も捨てることが出来ずに悩み続けた、聡明であるが故に愚かだった少女。

 彼らの世界で、選ばれた者のみが身に付ける青い衣装の長い裾を、誰かが躊躇いがちに引く。ふっと下ろした視線の先にいたのは、親からはぐれた迷子のような表情をした、一人の幼い少女だった。
 白いレトロワンピースに身を包んだその少女は、裾を引いた時と同じように躊躇いがちに、魔法の遺物と称されるガントレットがはめられた俺の手を握った。そうして、繋いでいない方の手でそっと少年と少女のいる方を――その後ろに伸びる、一本の細い道を指差した。
 少女の声無き言葉に答えるように、繋がれた手に力を込めて、一歩一歩、しっかりと道を踏み締めながら歩いていく。
 立ち往生していた少年と少女が戸惑いながら身を退けた間をすり抜け、どの道よりも暗く、けれどもどの道よりも明るく優しい灯火に照らされた、第三の道に足を踏み入れる。
 そのまま数歩歩いた後に振り返れば、まだ少年と少女はそこに立ち尽くしたままだった。左右に伸びた道を交互に見やって、そして最後に俺のいる道へと視線を向ける。


『――来いよ……とは、言わねえよ。選択するのは、お前達だ。あいつらが各々に行く道を選んだように、お前達が行く道は、お前達が自分で選ばなければならない』


 秩序でも、混沌でも、そのどちらでない道でも――自分で選んで歩み出したその道が、きっと、一番後悔せずに済む、自分にとっての最良の選択だ。
 例え誰かに許されなくとも、失われるものが少なからずあったとしても、それでも、俺達は自分で自分の行く道を選択しなければいけないのだ。

 暫しの逡巡。その後、先に一歩を踏み出したのは少年で、その後に三歩遅れて少女が続く。


『――それが、お前の選択か』
『――それが、君の選択なのだね』


 道の果て、二人の少年がどこか悲しげに、けれども嬉しそうに、笑って頷いたのが見えた。