ゴンゴンゴン、と乱雑にドアをノックする音で目を覚ますと、窓の外は既に星の瞬く宵闇が広がっていた。どうやら俺は結局実地訓練終了後に寝落ちてからずっと眠りこけていたらしい。誰が運んでくれたのかは知らないが、コートと装備を剥いでくれているあたり恐らくはフリンかヨナタンだろう。流石にイザボーに運ばれたとは思いたくないし、ワルターならコートすら脱がさずベッドの上にポイで終わりだろうし。
 早くも始まっている筋肉痛と、寝起き故のだるさに苛まれる体と頭にぐっと伸びをして血を巡らせて、いまなお叩き続けられているドアへと部屋に点在するランプを灯しながら近付く。今の時刻は一体何時なんだろうか、流石に食堂は終っているだろうが、Kの酒場に行けば何か食べさせて貰えるだろうか――などと考えながらドアを開くと、ふわりと食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。


「……ワルター?」
「おう、昼どころか晩飯まで食いっぱぐれた誰かさんに差し入れに来てやったぜ」
「ありがとう兄弟!」


 正直ワルターが持ってきたのは予想外だったが、わざわざ出向く手間が省けたのは至極有難い。温かいシチューとサンドイッチの乗ったトレーを受け取って、室内にワルターを招き入れる。特に変わった物も無いだろうに、部屋の中を珍しそうに眺めていたワルターが「オレらの部屋と大して変わんねぇんだな」と呟いた。
 いや、そりゃそうだろう。
 ホープ殿クラスになったら多少部屋が豪華だったりしても意外じゃないだろうが、俺はお前と同じ新人だぞ。違いなんて精々が家の奴が届けてきた姿見位のもんだろうよ。


「ラグジュアリーズだからって特別な待遇なんてねぇよ」


 ベッド脇のミニテーブルにトレーを置いて、温かい食事に手を合わせてからサンドイッチにかぶり付く。俺の言葉に一瞬目を見開いたワルターが「そう、だよな」と頷いて、静かにベッドに腰を降ろした。

 ランプの炎が橙色の光でワルターの輪郭を照らしている。部屋をぐるりと見回してから俺に視線を固定したワルターは、そのまま黙々と食事をする俺をぼんやりとした目で見つめてくる。その何かを思案しているような、何かを探っているような眼差しが気になって、お前も腹が減ってるのかと問い掛ければ、ワルターはゆるゆると首を横に振って否定を示す。
 いや、そんな理由じゃないってことは端からわかっているんだよ。ならその視線の意図はなんなんだと暗に問うているんだが。……暗にじゃ伝わらないのか。
 俺は気は長い方だと思っているが、折角の食事を不味くするようなことは止めてほしい。かといって、この部屋には気を紛らわすような面白いものがあるわけでもないのだが。


「言いたいことあんなら言えよ。なんか話があって来たんだろ?」
「……なんで」
「お前はお節介だけど、こういう気の利く奴じゃないから」


 お前が自発的に俺の様子を見に来ようとしてたんだったら、こんな料理を運んでくるわけがない。精々が素のパンと牛乳を引っ付かんで来るか、下手すると手ぶらで来るだろう。
 ゴロゴロと大雑把な切り方の野菜が入ったシチューを啜りながら思ったままのことを付け足せば、ワルターが少し拗ねたような表情で視線を反らした。図星か。大方ヨナタンあたりが夕飯になっても現れない俺を心配して、様子見がてら食事を持っていこうとでも言い出したのにワルターが便乗したんだろう。
 良く煮込まれた野菜は甘く、柔らかくて、歯を立てると軽く崩れていく。暫しそのまま沈黙を保っていると、膝を叩いたワルターが意を決したように口を開いた。


「昼間、フリンが言ってたことは本当か?」
「あ?」
「とぼけんなよ。実地訓練の最終課題、お前、フリンを手伝ったんだろ?」
「…………はぁ?」


 思わず間抜けな声を出してしまったのは仕方がないことだろう。ワルターが言うそれは間違いない事実だが、フリンがそれを誰かに話したという事実を俺は知らない。おそらくは俺が寝落ちた後のことなのだろうが――――いや、待て、


「……ワルター、そのこと他に知ってる奴は?」
「他にもなにも、フリンがお頭に言い出したんだぜ?『ラグジュアリーズとカジュアリティーズの垣根を越えた共同戦線』とかってスゲー噂になってるし」
「…〜〜あんの馬鹿野郎…!」


 嫌な予感は的中である。しかもなにやら事実が地味に婉曲されて広まっている気がする。
 折角花を持たせてやったんだから、それくらいは素直に受け取ってくれよフリンさんよ……。


「……先輩方は何て言ってる?」
「一部を除けば大体好評だな」
「その“一部”の方を聞きたい」
「………………」
「……ワルター、」


 ――――お前は、その話をしに来たんだろう?