どくどくと、全身が激しく脈打っているような心地がした。


「――――…ッらぁ!!」


 俺の渾身のピッチングによって軍勢の一体に当たったマハザンストーンが、衝撃と共に弾けて翡翠の強風を巻き起こす。奇しくも此方へ雪崩れ込もうとした悪魔達を押し戻す形に発動した風の力を借りて、フリンと仲魔達が石の力を最も食らった一体へと襲い掛かる。
 フリンの刀とラームジェルグの剣が霊体である悪魔の体を斬り伏せ、モコイのブーメランが追い討ちをかけるようにその頭部へと叩き込まれる。ナパイアが空いた隙間へとザンを撃ち込んだ瞬間に、フリンとモコイがその場から跳びすさる。その隙を見て、第二投。


「よーしよしよしよしよし……もう、いっ、ちょおッ!」


 もう一度マハザンストーンを投げ付けた直後、群れの中から狩猟犬の霊が雄叫びを上げながら飛び出してくる。雄叫びに怯んだのか、反応が遅れたモコイが押し倒されたのをラームジェルグが助け、フリンとナパイアが同じく犬への応戦に回ったせいで、本体への特攻が不発に終わる。
 石が直撃した効果によって消滅したのは二体。先に投げた石の効果が切れる前にもう一撃を投じると、二重の風に耐え切れなくなった一体が、背後のもう一体と重なりながら奥の壁へと吹き飛ばされ、叩きつけられて消滅した。それと同時に犬が二体消滅したのを確認する間もなく、犬の第二陣が襲い掛かる。

 ――――思ってたよりも犬が厄介だな畜生!

 局地的な暴風の中でも、元が人犬一体であるからか指令伝達に影響がないのと、犬の反応速度が予想よりも上だ。強靭な脚力で風の隙間を縫って襲い掛かる犬が攻守のリズムを崩してくるのが厄介でならない。
 せめて本隊が近付くのは防ごうと放った石で、新たに一体が吹っ飛んだのが見えた。


「グルァアアアァッ!」
「きゃぁあああッ!」
「ッ、ナパイア!」
「余所見すんなフリン!前から二匹来てる!!」
「…………ッ!!」


 たった今フリンに襲い掛からんとした犬の攻撃を、モコイとラームジェルグが弾き返し、そのまま壁へと叩き付ける。小さな悲鳴を上げてぐったりした犬がそのまま地に伏せると共に霧散し、ラームジェルグが勢いに乗じて太い声を上げながら会心波を放った。地鳴りのような低い断末魔の叫びを上げながら、二体が霧となって消える。
 犬に飛び掛かられ段差から落ちたナパイアが完全に地に縫い付けられる前に、八百万針玉で犬を撃ち落とす。元より浮遊能力があるナパイアは、重石が無くなったと同時に空中で体勢を立て直し、直ぐ様復帰した。


「お兄さんありがと!」
「どういたしまし、て!」


 復帰したナパイアがザンを唱えると共に、四個目のマハザンストーンを投げ付ける。重なった風で新たに一体が吹き飛び、風の勢いを借りたモコイのブーメランが鋭い音を立てて一体を切り裂いた。

 消えかけた風の向こう、漂っている影は――――一体。


「――――フリン!」


 声をかける間もなく駆け出したフリンが、モコイとラームジェルグの立ち塞がる合間をすり抜けて最後の影へと斬りかかる。


「――――…これで、終わりだ!!」


 勢いよく振り抜かれた白刃が鋭い軌跡を描いて、その残光が消えると同時に――音もなく地に伏せた最後の一体が、物悲しい声を上げながら空へと散っていった。


「……ッは、……はぁー…、は…ッ」
「……バロウズ、悪魔の反応は?」
『いいえ、今のが軍勢最後の一体よ。――お疲れ様、マスター達の勝利よ』


 バロウズによる戦闘終了の宣言と共に、フリンと仲魔と合わせてその場にへたりこむ。怒濤の戦闘による疲れもあっただろうが、何より緊張が解けたことによるものが大きかっただろう。戦闘中はまるで感じなかった動悸が、まるで耳元でしているかのように激しく聞こえる。
 ふと、影ができたことに気が付いて見上げれば、半ば茫然とした表情で肩で息をしているフリンがそこに立っていた。


「…………ナバール」
「……おう、フリン」
「やったぞ、ナバール……」
「おう、やったなフリン……」


 ぼんやりと、まるで他人事のように二人で呟く。ぜぇはぁと二人の荒い呼吸音だけが薄暗い空間に反響して響き渡る。暫くそのまま、茫然とお互いを見つめあって――――やがて、どちらからともなく差し出した手を、がしりと、強く握りあった。