「……フリン」
「ああ」
「あったな、怪しい箱」
「ああ、あるな」
「……けど、なんかいるな」
「ああ、いるな」


 宝箱がある段差の前で、二人して懸垂状態での台詞である。筋力の差か、フリンは余裕そうなのに俺は会話中で既に両腕が瀕死状態なのが悲しい。
 段差の奥、ホープ殿が置いただろう宝箱の前に、わらわらと群がる亡霊――夜魔ワイルド・ハント達の姿。これ、プレイ当初はなんでこの宝箱の側にこの群れがいるのかと思っていたが、おそらくは中身がホープ殿の思い出深い指輪だからなんだろう。数多の魂の集合体である悪魔として、人の強い想いが刻み込まれた物には何かしら惹かれるものがあるのだろうな…………とか考えてたんだが、流石に考えすぎだろうか。ホープ殿の召喚した悪魔と考えてもいいのかもしれんが、実際それだと弱すぎるよな。ワイルド・ハント、通常エンカウントでもレベル50超えだった気がするんだが。
 ……いかん、思考がずれ始めた。
 思考と同じように腕が限界を訴え始めたので、一度地に足を降ろして岩影に隠れてフリンと顔を突き合わせる。「どうする?」。俺が問い掛けた言葉に、フリンはややあってから「倒す」と答えた。……いや、うん、確かに倒さなきゃ取れないだろうけどな、俺はそのための作戦的なものを聞きたかったんだが。


「フリンさん、もっと具体的に」
「…………斬って倒す」
「…………倒せなかったら?」
「もっと斬る」
「お前まさかの脳筋キャラか!!」


 まさかの主人公様の野性味溢れる作戦に頭を抱えていれば、当のフリンはなにやら俺の肩を優しく叩いて下さった。いや、俺はお前のせいで頭抱えてるんだけどな。
 確かに実力としてもスキルの幅としても狭い現時点で、バトルときたらまず物理攻撃というのは間違ってはいない。だがしかし、だがしかし、もっとこう、群れの内の一、二体ずつを引き付けながら各個撃破していくとか、片方が囮になってその間に宝箱取るとか、そういう作戦的なものを聞きたかったよ俺は……。


「……お前、現時点の自分の戦力であの群れ相手にできると思う?」
「…………多分なんとかなる」
「沈黙が長ぇぞオイ」


 そして視線を反らしてくれるなフリンさんよ。
 ――――現実問題、一匹二匹ならばまだ俺達二人と仲魔一斉攻撃でフルボッコという手も通用するのだろうが、軽く見積もっても七、八体はいる上にワイルド・ハントは狩猟犬の霊を付き従えた悪魔である。人間は本気出した小型犬にすら負けることがあるのだから、狩りをするために鍛えられた犬複数に襲いかかられた場合、まず無事で済む筈がない。
 そして、困ったことにイベントボスであり群れである彼等に会話は通じない。倒せない場合の苦肉の策である会話による戦闘回避すら出来ないのだ。


「……テトラカーン戦法は流石に卑怯というか俺のMPが保つかって話なんだよな……」
「……ナバール、やっぱり、」
「ああ、最終的には斬らなきゃならないのはわかってる。だが無闇矢鱈に特攻したって玉砕の確率の方が高いだろ?」


 このクエストは、アイテムを持ってアキュラ像広場まで戻ることで達成となる。つまり、戦闘の後、ナラクから地上に戻るまでの事も考えなくちゃならない。そのためには怪我はしないにこしたことはないのだ。
 そのためのスキルであり、アイテムであり、仲魔である。少しでも効率いい方法探し、それを成し遂げるための手立てがあるのだ。相手の耐性の弱点をつくことや、能力の上げ下げもその内に含まれる。とはいえ、現時点の仲魔で使えるスキルは幅が狭い。俺自身のスキルは……出来るならば、使わないでいきたい。どうしようもなくなったら仕方ないし、バトル後の回復くらいは喜んでするつもりだが。

 ――どうせならば、俺はフリンにあの軍勢を倒させたい。全部を相手にさせたいのではない。最悪、最後のトドメだけでもいい。とにかく、フリン“が”あいつらを倒し、指輪を手にするという事実があればいい。

 何故なら――そうなることが、この世界の“必然”である筈なのだから。


「フリン、とりあえずこれ渡しとく」
「……?」
「マハザンストーン。衝撃魔法が込められてる石。確かあいつら衝撃属性が弱点だった……と思うんだが……」
「……どうやって使う?」
「投げろ。当たらなくてもどこかしらで弾ければ発動するから」


 アイテムを入れてあるポーチの中から、緑色の石を数個取り出しフリンに持たせる。威力は本人の魔力依存だったかもしれないが、弱点はつける筈なので足止め位にはなるだろう。周回プレイの弊害か、いまいち序盤の悪魔の弱点とかは曖昧なんだが、多分間違っていない……はずだ。
 周囲に悪魔の姿が無いことを確認してから、もう一度段差にぶら下がって宝箱の前の軍勢を確認する。奴等はまだ箱の周囲に佇んだまま。ですよねー。


「いいか、俺がお前に渡したのと同じアイテム使うから、怯んでる隙にお前があいつら斬れ。但し、基本は一撃離脱な。袋小路でも、相手の方が数が多いから囲まれたらフルボッコ喰らうから」
「……斬ったら引いて、相手が怯んだらまた斬るんだな?」
「……うん、まぁ大体そんな感じ」


 仲魔を喚び出し終えたフリンに、作戦……というのも烏滸がましい簡単な戦略を伝えてから、念のためフリンとその仲魔にラスタキャンディをかけておく。


「さて――じゃあ、行くぞ!」


 号令と共に、フリンと揃って段差の上へと飛び登る。ワイルド・ハントの軍勢がこちらを振り向くと同時に、俺はマハザンストーンを渾身の力で投げ付けた。