「……というわけだ。お前だって目障りなライバルを減らせるんだ、悪い話ではないだ」
「だが断る」
「…………ろう?」


 突如現れ部屋の入り口を陣取り、俺を現在進行形でとおせんぼしている二十代半ばから後半とおぼしき年頃の先輩二人組のお話を要約すると『カジュアリティーズの二人呼んで新人歓迎会開くから、お前ちょっと協力して☆』らしい。意訳はおして知るべし。これって完璧アルラウネさんフラグじゃないですかやだー。
 ……というわけで、先輩からの有難い提案は丁重にお断りさせていただくことにする。わかりやすく貼り付けた愛想笑いできっぱりとそう告げた俺に対して、一瞬呆然とした先輩方は、二人で顔を見合わせると眼光鋭く俺を睨み付けてくる。先輩方からの殺気に、グリフォンが威嚇するような唸り声をあげた。


「……そうか、俺達のお願いが聞けないってのか」
「はい、聞けません」


 お願いっていうか脅迫じゃねえか……とは、思ったけれど口には出さなかった。自分で言うのもなんだが、新人の中でも弱そうな奴を狙って、逃げ道を塞いだうえで二人がかりの威圧。これのどこが『先輩からのお願い☆』なんだよ。どうせなら可愛い女の子連れて来い。悪魔でも可。
 張り詰めた空気に徐々に臨戦態勢を取り始めたフケイさんとグリフォンを手足で牽制しながら、変わらず笑顔を貼り付けたままで先輩に対峙する。
 ナラクに初めて足を踏み入れた時のような、圧迫するような息苦しさが呼吸を妨げて、それに意識が乱されることが無いように静かに、ゆったりと呼吸を繰り返す。

 ――――戦闘を、仕掛けられるだろうか。
 もしそうなった場合、俺は勝つことが出来るだろうか。或いは、この場を乗り切り隙を見て逃げ出すことが可能だろうか。
 どういう原理かは知らないが、カジュアリティーズフルボッコに加担した先輩しかり、黒きサムライしかり、個人で悪魔を群れを召喚することが出来る者もいる。もしもこの男達のいずれかが――或いはそのどちらもが、悪魔を群れで召喚することが出来たなら?
 いくら個人的なステータスやスキルが充実していても、まだまだ弱い仲魔しかおらず、実戦経験も少ない状態で、仮にもサムライとして生き抜いてきた人間相手にどこまでやれるだろうか。相手は、俺をどこまで痛め付けるだろう。
 最悪の事態を考えないようにとする程に最悪の事態に向かう道筋ばかりが浮かんで、腋や掌が汗ばんでくる。

 威圧と殺意を滲ませた眼光を出来る限りの平静を装いながら見つめ返し続けて――――そのままどれだけ時間が経ったのだろう。現実にしてみればほんの数分のことだったのかもしれない。無言の睨み合いに先に音を上げたのは、仕掛けてきた男達の方だった。
 チッ、と聞こえよがしな舌打ちをしたサムライ衣装の男が、乱暴に扉を開けて出ていく。それに続いた鎧の男が、「お前、今に後悔するぜ」といかにもフラグな台詞を吐き捨てて扉の向こう側へ消えていった。


「…――っはぁああぁあ……」


 張り詰めていた緊張の糸が切れると同時に、どっと両肩に疲労感を感じてそのままその場に膝を折る。タイミングを見計らったかのようなバロウズの『お疲れ様』には頷いて答えるしかなかった。
 なにあれ、先輩超怖い。下手すると悪魔より怖い。いや、どっこいどっこいか。
 手汗のひどい手で顔を覆うと、当然ながら湿った嫌な感触がした。はぁあ。もう一度深い溜め息をつくと、バロウズが何やらサーチを終えたようだった。


『ねぇマスター、声紋と顔から相手のサムライを特定したけど、ホープ様に報告しておく?』
「……や、いいわ。あー、一応今のやりとり記録はしといて。先輩方の言った台詞は重点的に」
『OK。会話のログをデータとして保存しておくわね』


 念のためにフリン様達のガントレットにいるバロウズにも注意を促しておくわ、という申し出に頷いて返して、慰めるようにモフモフの羽毛を押し付けてくるフケイさんを抱き締める。加齢臭のような獣のような、なんともいえない臭いがしてちょっと悲しくなった。


「それにしても、昨今の若者には度胸が足りんのお。徒党を組まねばひよっこ一人御せぬとは」
「フケイ、ナバール、ヒヨコ違ウゾ」
「そういう意味じゃありゃせんよ。弱い奴とか、幼い奴、という例えじゃ」
「ナバール、弱クナイ!勇敢ダゾ!」
「おおそうじゃそうじゃ。我らの主人は立派な男よ」
「有難う二人共。でも俺ちょっと恥ずかしいかな」


 今なら頼めるかと思ったのに、グリフォンは頑なにもふらせてはくれなかった。畜生。