「ヨナタン、水飲むか?」
「……す、まない……、有り難く頂戴する……」


 初めてのウィスパーイベントでグロッキー状態なヨナタンを介抱なう。
 衝撃の初体験から数分後、すっかり気分も良くなった俺が、臍を曲げてしまったナパイア相手に必死にご機嫌とりをしているところへラームジェルグさんに肩を借りてやって来たヨナタンは、俺と同じく衝撃の初体験をしてこんな状態になったらしい。
 ヨナタンの初体験のお相手であるラームジェルグさんは、ヨナタンの隣で膝を抱えて落ち込んでいる。同じ悪魔でも性格には個体差があるものらしく、彼は結構ナイーブな悪魔のようだ。ヨナタンの仲魔であるモコイさんとフケイさんがなんとか気を持ち直させようと頑張っている姿が微笑ましい。
 一度気分転換に地上に戻った時に買ってきた瓶詰めのレモン水の蓋を開けて、青い顔をしたヨナタンに差し出す。柑橘系の爽やかな匂いと冷たい水の感触に少し気分を持ち直したのか、ヨナタンが深く息をついたのがわかった。


「……凄い体験だった……」
「だよなぁ……なにがどうと口では説明し辛いんだけど、なんか凄い体験したって感覚だけはあるよな」
「……僕は今ほどサムライとなった人々を尊敬したことはないよ……」
「右に同じ」


 あの感覚は本当に筆舌に尽くしがたい。僅かな酸味のする水で頭の中に蘇ってくる感覚を洗い流しながらヨナタンがぽつぽつと溢す言葉に相槌を打っていれば、また深い溜息をついたヨナタンが、「……今は、僕達だってサムライなんだものな」と呟いた。
 ふと、ヨナタンの瓶を握り締める手が僅かに震えているのが目についた。瓶の中、色の無い水面が僅かに波紋を描いている。ヨナタンのそれは一体何からくる震えだったのだろう。自分に対する不甲斐なさによる怒りだろうか、悪魔の力に対する恐怖だろうか。或いは、俺の想像の及ばないなにかからくるものなのだろうか。
 立っている俺から座っているヨナタンの表情はよく伺えないが……おそらく、余計なこと考えてるんだろうなぁ、とは思った。
 ヨナタンて外見通りに責任感強そうだし理想も高そうだし、絶対器用貧乏なタイプだろ、こいつ。潔癖とも言えるか。“××だから○○でなければならない”みたいな意識が強すぎてがんじがらめになるタイプ。面倒臭い。

 今の状況なら――サムライとして選ばれた誉れある身なのだから、この程度で弱音を吐いてはいけない、みたいな。


「ヨナタン」
「……うん?なんだいナバール」
「お前はもっと色んな意味で力抜いていいと思うよ」
「え?……あ、」


 俺の言葉に無意識に手に力を込めていたことに気が付いたのか、瓶を床に置いたヨナタンが自分の指先をほぐすように握る。いや、確かにそれもだけど、俺が言ったのはそういう意味じゃねぇんだけど。


「そんな気張んなくったってさ、今の自分に出来ることをがむしゃらにやってたら、案外、気付けば立派な“おサムライ様”になれてるかもしんねぇよ?」


 とりあえずヨナタン、お前は自分のことでグダグダ考える前に、お前の隣でお前のこと考えて膝抱えてる邪気の欠片もない邪鬼を早く立ち直らせるべき。今すぐ。早急に。フケイさん達が匙投げて昼寝始めっちまってるじゃねえかよ。可哀想だから気付いてやれ、本当に。