「あたしは妖精ナパイア。大事にしてよね?」
「します!しますとも!」

「わたしは妖獣チャグリン!これからよろしくね、お兄ちゃん!」
「ああ、よろしくな、お嬢ちゃん」

「俺様は夜魔モコイ。よろしく頼むぜブラザー!」
「おうともよブラザー!」

『……クエスト達成だ、ナバール』
「っしゃぁぁああ!!」


 ガントレットにモコイさんが登録された瞬間入ったホープ殿からの通信に、俺はラームジェルグさんと対峙した時のような渾身の雄叫びを上げた。
 バロウズがクエスト達成をインフォメーションすると共に、液晶画面で経験値の分配が行われる。俺のレベルに合わせて序盤のクエストとは思えないような数値を弾き出す経験値で、ガンガンレベルが上がっていく仲魔達。これ一周目ならナラクで見れるレベルじゃないよ……東京で見るレベルだよ……。レベルカンストの俺が言えることではないが。
 新しいスキルを覚えて喜ぶ仲間達を少し待たせてお頭の話を聞くと、新人組の誰かがまだ仲魔集めのクエストを終えていないらしく、次のクエストまで暫しの待機を命じられた。近くの小部屋に入り、仲間達が取得したスキルを確認する。
 新しいスキルを覚えたことを自慢してくるチャグリンのつぶらな瞳ににやけていると、ナパイアが分かりやすくむくれてて萌えた。モコイさんは解り辛いけどなんかキリッとしてた。多分ドヤ顔。多分。


「ねぇねぇお兄ちゃん、ニードルショットを別の技に変えちゃダメー?」
「うん?何に変えるんだ?」
「んっとねー……狂乱針!」
「お、いいぞ」
「あ、あたしもあたしも。このディアっていうのをさ、メディアに変えたいんだけど」
「よし、お願いします」
「成仏拳をラクンダに!」
「それは駄目」
「なんでだよ?!」


 この流れはイエスだろ?!とピョンピョン跳ねながらがなるモコイさんを適当に宥めつつ、チャグリンとナパイアのスキル変化を見届ける。該当スキルが入れ替わったところで、今までふわふわと俺の周囲を飛び回っていたナパイアが、急に近付いてきたかと思えばそっと顔に触れてくる。
 白く細い、ひんやりとした指先が、すすす、と輪郭を確かめるように撫でる。え、と驚愕と困惑から出かかった声がその指先で塞がれた。


「……じっとして」
「え、ちょ……ナパイア、さん?」
「もう、ちょっと黙っててよ。……これからあたしが、イイコトいっぱい教えてあげるから、さ……」


 ――――これは……まさか、これがウィスパーイベントですか?!

 ゲーム内では怪しい台詞表示のみでなにをしているのか全くわからなかったウィスパーイベントのよもやの始まり方に、がちりと、思いっきり体が硬直した。視界の端で先輩方がにやついたり苦笑したりしているのが見える。え、マジなの?これがウィスパーイベントなの?!
 混乱の極みの俺が拒まないことに気をよくしたのか、ナパイアがふわりと抱き着いてくる。指から想像していたよりも余程温かく柔らかい感触に、妖精って人とあんまり変わらないんだ、などと考えていれば、耳元に寄せられた唇から何事かが囁かれる。

 ――それはきっと、悪魔の言語だったのだろう。

 奇妙な響きと甘ったるい声音が作り出す旋律は、無地の紙に色水が染みていくかのようにじわじわと、俺の意識に得体の知れない『何か』を染み込ませてくる。これが、『悪魔の力』というやつなんだろうか。
 怖いとは、不思議と思わなかった。だが、その感覚を心地よいとも思えなかった。
 俺の中の何かが別の何かに書き換えられていくような、自分の中、自らも知り得ないような柔らかく脆い箇所を、優しくゆっくりと掻き乱されているような、そんな、形容しがたい心地がしたのだ。


「――――ナパイア、」


 もういい。やめて、くれ。
 絞り出した声が紡いだ拒絶に、一瞬不服そうな顔をしたナパイアがゆっくりと体を離した。頭の中でこだましていた響きが、段々と薄れて消えていく。軽い目眩と吐き気を覚えて壁際にずるずると身体を擦り付けながら踞ると、先程までにやついていた先輩が打って変わって心配した面持ちで近付いてきた。


「おい、お前大丈夫か?」
「…………は、い、大丈夫、です」
「無理すんな。初めては大体そんなもんだから」
「……みんな、あんな……」
「……おう。……まぁ、力の代償ってやつだろうな」


 分厚い掌が、労るように背を撫でてくれるのに甘えて、暫く目を閉じて深呼吸を繰り返す。
 レベルは通常より上がっているとはいえ、種族としても個体の力としても、そう強い部類ではないだろうナパイアですらこれって。魔王とかとウィスパーイベント起こしたら、俺、本当に死にかけるんじゃないだろうか。

 ……こいつらは、本当に『悪魔』なんだなぁ。

 心配そうに俺の膝に擦り寄ってくるチャグリンの背中を撫でながら、当たり前のことを再確認した。