ぶん、ぶん、と重たいものを振り回す音で目が覚めた。音の発生源が何かはわかっている。寝ぼけ眼のまま表に出てみれば、やはり。いつ起きたのか、まだ空が白み始めた頃だというのに一心不乱に得物を振り回し、鍛練に励んでいる獣がいた。
 切っ先が空を斬り、静かな呼吸が霧となって散る。日射しに表面を溶かされ凍り付いた雪景の中、獣の振るう鉄の爪の鈍い光沢が映える。

 ――やはり、こいつは戦いに生きる獣なのだなぁ。

 鋭い眼で獲物を見据え、道を塞ぐ敵を爪で薙ぎ、ひたすらに駆ける。こいつはきっと、今までそうして生きてきて、これからもそうしなければ生きていけない生き物だ。知っている。知っていた。

 だからきっと、俺は。

「……なんだ、起きていたのか」

 ふっと、透明な敵から映された眼が俺を捉えて、今まで灯していた青い炎を鎮火させた。勿体ない、と思ってしまったのは何故だろう。
 得物の重さを感じさせない軽やかな歩みで寄ってきた獣が、僅かに汗をかいているのがわかった。

「今日は早起きなんだな」
「お前もな。……外に出るならもう少し厚着をしろ」
「動きにくい」
「……そうだな」

 汲み置きの水が明け方の寒気で凍り付くように、汗でも凍えることがあるとは思わないのだろうか。思わないんだな。そのくせ風邪を引いて寝込んだらまた退屈だなんだとぐずるんだろう。面倒な奴だ。
 一から説明するのも面倒なので朝食用の薪を取ってくるように命じれば、素直に頷いた獣が武器を纏めて裏手に駆けていく――と、その姿が消える直前、足を止めた獣が「そうだ」と思い出したように口にしてこちらを振り返った。

「山男」
「なんだ、獣」
「おはよう」
「……ああ、おはよう」

 この挨拶が習慣じゃなくなる日が、近い気がしていた。