「お前曲芸も出来るのか」
「斬るぞ」

 殴るぞ、でないところに容赦のなさを感じる台詞だ。表情のせいか手にした鉈のせいか、到底冗談には聞こえない。冗談ではないのだろうが。
 だがしかし、薪を投げて空中で四つに割るという芸当は中々出来るものじゃない。見事な断面を晒しながら地に転がる木っ端を掻き集めながら、後三つ程割ったら終わりでいいと必要数の達成を告げる。

 俺がこの獣を拾ってから、今日で丸七日が経つ。
 獣は実に逞しい生き物だった。懸念していた足の傷ももう包帯を必要としなくなり、今のように鉈を振り回す姿からは戦いの勘を少しずつ取り戻しているのが伺える。最近ではよく動くからか、食べる量も増えてきた。正直な話、俺より食べている気がする。
 まだ食糧に一応の余裕はあるが、これは町に買い出しに行くことも検討しなければならないだろうか、と、もしそうなった場合の算段を考えながら薪を拾い終えた時だ、久しく聞いていなかった自分の名前が表の方から聞こえてきたのは。

「獣、鉈は何時ものところに戻しておいてくれ。細かい木の欠片は刺さるから放っておいていい」
「わかった」

 獣に後始末を頼んで、家の裏から表へと回って顔を出せば、居たのは麓の村の男だった。麓の奴がわざわざ此処に来るのは、基本的には病人が出たか薪を貰いに来たかのどちらかだ。少々急ぎのようだったのでその場で話を聞けば、案の定病人である。大方この寒さで風邪でも引いたのだろう。

「腹を下したり、戻したりはしていないか?」
「腹にはきてねぇみてぇなんだが、どうも咳がひどいのと、熱がいっこうに下がらなくてな……」
「……あまり酷いようならちゃんとした医者に見せることを考えろ。俺は簡単な薬草の知識はあっても医者じゃない」
「あぁ、あぁ、わかってるよ」

 症状を詳しく聞いてから、熱冷ましと咳止めの薬草を煎じた物を二種類ずつ渡す。効果がなかったり悪化したりした時にはもう片方を飲ませるように、と言い付けてから慌ただしく帰っていく男を見送る。その背が視界から消えてから、冷えてきた身体を擦りつつ家の中に戻ろうとすれば、壁から器用に首だけ出して覗いていた獣と目があった。

「帰ったのか?」
「ああ、子供が熱を出して寝込んでるらしいからな」

 どうやら獣は、俺があの男を応対している間に湯を沸かしてくれたらしい。火に当たりながらやや薄いお茶を冷ましつつ飲んでいると、「山男は医者だったのか」と同じようにお茶を啜っていた獣が感心したように呟いた。

「人より少し薬草に詳しいだけだ」

 謙遜でなく、真実そうであるから首を横に振って答えたが、獣はそうは思わなかったらしい。「……お前は、凄いな」。溜息混じりの、どこか寂しそうな声が紡いだ言葉に、は、と息が漏れた。

「狩りも、料理も、治療も、なんでもできる」
「最低限出来るだけのことを『なんでも出来る』とは言わない」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」

 そうあろうと努力して出来るようになろうとすることと、必要に迫られて出来るようになることとでは違う。少なくとも、本人の努力か環境からの惰性かという点では。それに、生きるか死ぬかの瀬戸際なら人間大抵のことは出来るようになる。料理や応急処置なんてものはその最たる例だろう。
 人は飢えれば死ぬ。
 小さな傷も、放っておけば腐ったり病気になったりする場合がある。
 一人で生きてきた俺は、どれも自分でやらなければならなかっただけの話だ。

「……それでも、やはり私はお前を凄いと思う」
「……俺は褒められているんだな?」
「それ以外に何がある」
「そうか、なら、ありがとう」

 お茶の礼も込めて頭を撫でれば、獣は照れ臭そうにそっぽを向いた。